人間人工屋



秋の朝焼けと鳥の囀りで圭一は目を覚ました。三日後に二十歳を控え、某出版社への就職も先月内定したところだ。
「うっ…いってっ…。」
昨夜は一人で少し早い成人祝いとやらを楽しむため、空に浮かぶ満月をおかずに酒を飲んでいた。
圭一は起き上がり、シャワーを浴びてからパンを一口咥えた。
六畳半の部屋は狭かったが、何も嫌だとは思わない。むしろ、広くても一人の寂しさが部屋に染み込むだけだった。
十八歳で家を出て、東京で暮らし始めてもうすぐ二年が経とうとしていた。
最近になって両親が執拗に自分と連絡を取ってくるようになり、家を出る前よりも親のことを知った気がしていた。
先月から仕事が内定したというのにも関わらず、仕送りが多くなってきていたが深く考えてはいなかった。
秋晴れの空は綺麗で、外に出ると背伸びと共に欠伸がでた。
二十歳までの残り三日間、どう過ごそうだとかは考えていなかったが両親が二十歳までに、と色々な場所の情報や優待券などを送ってくる。
今日も毎日のように、ポストに手を伸ばすとやはり五枚ほど手紙やら、広告やらが放り込まれていた。
部屋に戻って壁にもたれかかって座り、パラパラとめくって読んでみる。
上の三枚は、電気店、レストラン、大型店とそれぞれが広告だった。
四枚目、<<圭一、元気にしていますか。一週間ぶりの手紙です。二十歳まで残すこと三日となりましたね。どこか行く場所は決まりましたか?最近は寒くなってきましたが手紙と一緒に送った室内プールは、温水なので大丈夫です。風邪を引かないように、体に気をつけて。 母>>
封筒の中に、手紙と一緒に室内プールの優待券二枚が同封されていた。
『室内プールか……。一人で行ってもな……。』
誰か友達でも誘おうかと思ったが、東京に出てきて友達と呼べる友達はまだ居なかった。
母からの手紙をめくると、五枚目の紙に『人間人工屋』と書かれていた。
『人間人工屋?なんだそれ?』
見出しの下には、店の地図と色々な詳しいことが載っていた。
<彼氏、彼女、友達、両親から子供まで、人間であれば誰でもお作り差し上げます。>
また下らない悪戯が何かだろうと思ったが、特に何もすることが無かったので好奇心から地図に書かれた場所に行ってみることにした。
電車で五分の駅を降りて、十分ほど歩いた人通りの少ない所に『それ』はあった。
見るからに古そうな建造物に、確かに『人間人工屋』と書かれた看板が掛けられていた。
扉を開けてみると中は暗く、人がいるような気配はなかった。
「すみませーん。広告を見て来たのですが、誰かいませんか?」
暗闇の奥に問いかけてみる。
「はい、いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
数秒後に老人と呼ぶには若く、青年と呼ぶには年老いた男がゆっくりとした足取りで向かってきた。
「あの、広告を見て来たのですが……。つまり人間を人工的に作ってる……ってことですか?」
「詳しいことはこちらで。」
口元に笑みを含ませると、男は圭一を店内の奥へと催促し、ソファーへ座らせた。
男が電気をつけると部屋は広く、圭一の部屋の五倍近くはありそうだった。
「それで、さっきのことなんですが……。」
「はい。簡単に説明しますと、人間を人工するのではなく、プログラム化させた情報をいわゆる抜け殻である本体に移し込み、活動させるといったことですね。」
「少し意味がわからないのですが……。」
「つまり、生成したい人物の生年月日、血液型などといった情報から命日まで設定することが可能です。命日といっても、元々あってないような命ですからプログラム終了みたいなものですね。外見といった抜け殻に関するところは、ランダムとなります。」
『やっぱり帰ろう……。頭が狂ってるとしか思えない……。』
表情一つ変えないで、当たり前のように淡々と説明を続ける男を理解できなかった。
「やっぱり、帰ります。失礼しました。」
そう言って立ち上がると、男が手で制した。
「一度試しにお渡しいたしましょう。そうですね、名前は秋子。プログラム終了は五日後の日曜日で生年月日も五日後、十月二十五日に十九歳になる子ってことでいいですか?」
「え?いや、あの僕は……」
「はい、この子になります。」
パソコンで何かを入力し終えたあと、渡されたのは小さなチップだった。
「はい……?これをどうしろと……。」
「まずこのチップを家にお持ち帰り頂いて、あとは置いとくだけでプログラムが全てやってくれます。明日には生成完了しているはずです。生成完了後の体には、背中に命日となる年齢が記されます。例えばこの子の場合Nineteenと表示されますね。」
「え、ちょっと困ります。」
「いいからいいから。特別今回は試運転ってことで無料サービスだから。」
手にチップを握ったまま外に出ると、日が沈みかけていた。
部屋に戻ってチップを見てみると、小さい字で開始十月二十日、終了十月二十五日と刻まれていた。
いつものように、飯を早めに済ませてシャワーを浴びて、チップをテーブルの上に置いて布団に入った。
翌朝、何かが焼けるような音で目が覚めた。ジュージューと台所の方で音がしている。
起き上がり、台所に向かうと女の子がせっせと料理をしていた。
「あ、圭ちゃんおはよー。もうちょっとまってね、もうすぐできあがるから。」
こちらに気付くとそう言って、料理を再開させた。
テーブルの上を見ると、トーストで焼かれたパン、牛乳、サラダが置かれていた。そして昨日置いたはずのチップは消えていた。
「え……?あ、秋子……さん?」
「どうしたの?いつもは秋って呼んでるのに、なんかあったの?」
「いや、なんでもないよ……。秋。」
しばらくすると、テーブルにベーコンと玉子焼きが運ばれてきた。
「はい、冷めないうちにパンも食べちゃってね。」
そういいながら、秋子は地面に座り込んだ。
久しぶりのまともな食事がとても美味しく感じられた。
「ごちそうさま、美味しかったよ。」
「ありがと。早起きした作った甲斐があったよ。」
「あ、秋。背中ちょっと見せて。」
服を上にずらし、背中を見ると『Nineteen.Akiko』と書かれていた。
『あの話、本当だったのか……。』
この部屋に初めて新しい自分以外の人間がいることで、こんなにも空間が変わることが嬉しく感じられた。
色々な話をしていると、秋子と五日しかいられないのが悲しくなってきた。
「秋、ちょっと今から出かけてくるけど、留守番頼んでいい?」
圭一は、昨日訪れた人間人工屋に再び足を向けた。
店の前に来ると、扉は圭一が開ける前にガラガラガラと音を立てて開いた。
「来ると思ったよ。こんにちは。」
内側から扉を開いた男は、昨日と同じところに座った。
「あの……。プログラム、というか彼女の命を延ばすことは可能なんでしょうか?」
「君がそう言いに来るだろうと思って、準備はできてるよ。ただ……。」
「ただ……、なんです?」
「君の誕生日が、一日早く訪れることになるよ。それで彼女のプログラム終了は十日延びる。誕生日はいつ?」
「明後日の十月二十三日です。」
「それじゃあ、一日短縮が限界だなあ。君の誕生日を明日にして、彼女のプログラム終了を十日延ばすかい?」
「それだけでいいのでしたら、はい。お願いします。」
「わかった。後はこっちでやっとくよ。君はもう帰るといい。良いお誕生日を。」
男は口元に昨日と同じ笑みを浮かばせると、そう言った。
店を出て、圭一は秋子のために何かプレゼントを探すために、駅前のデパートに立ち寄った。
軽くファーストフード店で昼食を済ませ、色々と店をまわった。そして銀のアクセサリーを一つ買って、包装してもらった。
「ただいま。」
「あ、おかえり。もう少しでご飯できるから待ってね。」
部屋に帰ると秋子は夕飯の支度に取り掛かっている最中だった。プレゼントは食事後に渡そうと思い、隠しておいた。
「今日は、ハンバーグだよ。」
そう言って秋子はご飯と一緒に一つ大きめのハンバーグを運んできた。
「二人で一つ、食べようね。」
親以外と一緒に食事をするのも昨日が初めてだった圭一は、この食事がとても新鮮に感じられた。
食事が終わると、圭一はプレゼントを取り出した。
「これ、毎日いろいろとお世話になってるからさ。感謝の印。」
「わあ……。ありがとう。」
プレゼントを開けて、アクセサリーを見た秋子は本当に嬉しそうだった。
『ありがとう、か。久しぶりに言われた言葉だな。』
こちらも嬉しくなってくる。
「あ、そうだ。」
あることを思い出した。
「どうしたの?」
「明日は、親が送ってくれた温水室内プールの優待券が丁度二枚あるから、行かない?」
「うん、いいよ。明日は圭ちゃんの誕生日だしね。」
圭一はそう言われて、誕生日を一日早めたことを思い出した。
「じゃあ、明日に備えて今日は早く寝なきゃね。私、先にシャワー浴びてきていい?」
「うん、いいよ。」
秋子が上着を脱ぐと、背中にはやはりNineteen.Akikoの文字が悲しく映っていた。
二十分ほどして、秋子が出てきた。
「さっぱりしたー。圭ちゃんも、浴びてきなよ。昨日入ってないしね。」
「ああ、うん。じゃあ俺も入ってくるよ。」
上着を脱いでいると、秋子がこちらを見ている視線を感じた。
「秋、どうしたの?」
「圭ちゃん、背中にTwenty.Keichiって書いてあるよ?」



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