エピローグ




白煙の昇る一本のタバコを口にくわえたまま、少年はベンチに座って道行く人々をだまっていた。タバコを口からはなし、フーッと煙を静かに吐き出す。その少年の隣りに、同じぐらいの歳の少年が一緒に座っていた。その少年はただ背中をベンチにあずけたままだらしなく座って、隣りの少年と同じようにぼーっと人々を眺めている。隣りでタバコを付加している少年からタバコとライターを受け取り、そっと火を灯す―――ふと、タバコを付けようとしていた少年の視線が固定された。二人の女子高生がしゃべりながら歩いていた。携帯をいじっては何がおかしいのか、笑みを交わしている。少年その女子高生を親指で示唆しながらタバコをくわえた少年を促す。それに抵抗することもなく、少年は立ち上がり、二人でいっせいに女子高生のもとへと駆け寄った。
「どぉも〜、可愛いねぇ〜、女子高生?」
タバコを道端に投げ捨てながら少年が聞く。そと、となりにいた少年もまた、ニィっと笑みを浮かべる。
「俺たちヒマなんだよネぇ〜。今からどっかで遊ばない?」
天然なのか、意識的なのか・・・無造作になったその髪に触れながら言う。女子高生達は顔を見合わせ、一瞬笑みを浮かべ、そのままの表情で少年達に向き直った。
「ついていってもいいんだけどぉ〜、ほら、最近物騒じゃん?」
「ネ〜。危ないもんねぇ〜」
少年たちをもてあそぶかのような口調で女子高生がからかう。
「だぁ〜〜いじょうぶだって!お茶するだけだょ」
「そそ。多い方が楽しいじゃん?」
少年達も負けじとくらいつく。女子高生達は「でも・・・」とか、「う〜ん・・・」などとうめいていたが、やがて観念したのか「ま、いいかぁ〜」という声を漏らしていた。
「そ〜と決まったら早速行こうか。俺は秀也で・・・コイツが哲志。え〜っと君たちは―――」
タバコにさらに火をつけながら自分たちの名前を秀也が言った。
「私の名前は―――」
「ふぅ〜ん、これから出発だって時に、随分な御身分ね〜」
女子高生が名前を言おうとするのを遮るように秀也と哲志の背後から声が聞こえた。くわえていたタバコが口からすべり落ち、地面で小さくバウンドする。哲志は首元を変な汗が伝うのを感じた。
「ご、ゴメンね。急用思い出しちゃった」
哲志が顔の前で手をあわせてみせる。女子高生がちょっとムっとした表情を浮かべた。
「ま、また今度お願いするよ、ゴメンネ・・・」
「あ、そうだ携帯の番号教え―――!!!!」
秀也の弁解に続いて哲志が携帯の番号を聞きだそうとした時、背中に激痛が走った。勢い余って前にいた女子高生たちをも吹き飛ばす形となった。
「ふ、ふざけないでよ!もう!!」
女子高生の持っていたバッグが一瞬にして凶器へと変化する。おもいっきり振ったそのバッグは哲志の顔面を直撃し、哲志は無様に地面に転がった。
「い、いっでぇぇぇぇ!だ、誰だ蹴り入れやがった・・の・・は?」
起き上がって自分がさっきまでたっていた所を見る。そこに立っていたのは徹。片足立ちになり、蹴りを入れたままの形で立っているところをみると、十中八九犯人は徹だ。
「と、徹ぅぅぅ!テメ・・・あ、ちょっと待っ―――」
「まだ追うか―――このど阿呆ォ!」
立ち去ろうとした女子高生たちに哲志に、徹の追い討ち。今度の蹴りも見事に背中にきまった。
「ったく・・・秀也まで一緒になって変な事してんじゃねぇっての。ほら、絵理も瑠美もあきれてっぜ」
親指を立てて後ろにいた絵理と瑠美を指差す。絵理はタメ息をつき、瑠美は頬を膨らませていた。
「ハハ・・・ゴメンゴメン。ちょっとお前らが遅かったからさぁ。暇つぶしにでもって思って―――な!哲志!」
哲志が起きるのを手伝いながら秀也が苦笑してみせた。ウンウンと激しく相槌をうちながら哲志が首をふる。
「そう!そうなんだって!徹たちが遅かったからだなあ―――」
「まぁいいさ、で、どこに行って何するんだっけ?」
「テメ・・・聞けよな」
哲志の弁解を徹がはばみ、哲志が力なく小さくつぶやいた。
「私はどこでもいいよ。もうここじゃ暮らせないと思うしさ」
「あ、そうだよね。じゃ、私は絵理が行くとこに一緒に行こうかな〜」
絵理と瑠美が言う。視線を彼女達から秀也の方へと移すと、秀也は視線をそらしながらちょっと考えるようにして言った。
「俺は、お前らについていこうかな〜って思ってたんだが・・・、お前らで男二人女二人だしさ、邪魔になんだよなぁ〜」
「は?いや、別にかまわねーけど・・・」
徹が言う。絵理と瑠美も頷く。
「そうそう。別に構わねーって。その辺の女を連れて行けば3対3にだなあ―――」
「気にしないで一緒に来てくれよ。・・・仲間だろ?」
「・・・そう言ってくれると嬉しいな」
「・・・またかよ」
再び言葉を遮られ、哲志がひどくうなだれる。それをおかしそうに瑠美が見て笑っていた。
「ん?・・・なんだ、じゃ、結局みんな一緒に行くんじゃん」
徹が苦笑しながら言った。「そうだね〜」と瑠美が笑みを浮かべながらつぶやいた。
「どっか、目だない所に隠れるか。としたら・・・島がいいよな。政府の人間もあんまいないだろうしさ」
「あ、それ賛成ぇ〜」
哲志がニィっと笑いながら手をあげた。
「―――そうだな。島が安全かもしれない」
「島かぁ〜。どんな暮らしになるんだろ〜」
「ちょっと交通手段が限られるのが難点ね」
口々に島に住むことについてしゃべっている。
「・・・島、か―――」
自分が言い出したことだが、空を見上げながら小さくつぶやいてみた。島での暮らしを想像し、小さく笑う。
「ほら、行くぞ徹!」
いつの間にか、みんな歩きだしていた。哲志にうながされ、その集団の中に加わる。―――何も変わらない。これからの暮らしも、この人間関係も。そしてこの国も政治も。これまで通りBR法は実行されるだろう。いつかこの馬鹿げた法律がなくなるに違いない。自分達の力は小さすぎて何も出来ないけど、もう少し―――あと数年、あるいは十数年かもしれない。だけど、いつか必ずこの国は変わる。
「―――絶対、な」
小さく徹がつぶやき、それが「ボーーー」という船の巨大な汽笛にかき消された。しかし徹たちの顔に浮かぶ自信に満ちた表情はいつまでも消えることはなかった。


                                 THE END



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