「しぃぃっかりつかまってろよぉぉ!」
吹き荒れる風の中に秀也の怒号にも似た叫びがかすかに混ざっては、次の瞬間再び訪れた暴風に再びかき消される。その風は少年達の真上から起こっていた。激しく回転するプロペラが空を引き裂き、バタバタと大音量の特徴的な音を生み出している。その少年達の乗り込んだ乗り物は、一般的にヘリコプターと呼ばれるものだ。少年たちを乗せたヘリコプターがわずかに浮き、激しい振動が体全体に伝わってきた。
「は、早くぅぅぅ」
振動に耐えかねた絵理が悲鳴をあげた。それを聞きながら秀也がニィっと笑う。まるで絵理をからかうかのようだ。
「わぁかってるって」
そう言いながら操縦桿を思いっきり倒す。両手でしっかりと握り、ぎりっと歯ぎしりをしながら。その肩口に巻いた包帯からうっすらと血がにじみ出ていた。
『くそっ・・・上手く力が入らねぇ・・・』
うっすらと額に脂汗が浮かぶ。十分に力の入りきれていないヘリコプターが、前には進むものの高度を上げる事ができずに地面とヘリコプターの足とが擦れ、ぶつかり合い、火花を散らす。
「うわぁぁぁぁぁ前!前ぇぇ!」
前進を続けるヘリコプターの前方にあったのは、屋上全体を取り囲むように取り付けられた金網。少年達の乗っているのはロードたちの立っていた場所とは正反対の位置におかれていたヘリコプター。そのヘリコプターには二発の弾丸の傷跡。その傷跡はロードの持っていたM92Fによってつけられたものだ。その弾丸がちょうどドアのつなぎの部分に直撃し、開閉不可の状態になっていたのでそのドアを破壊した。よって、入り口がぽっかりと開いたままになっているので、もろに空気が吹き込んでくるのだ。
「なっ・・・え?」
このまま行くと直撃し、墜落して壊れてしまう、というとき、隣りに座っていた徹が必死に操縦桿に力を入れる秀也の手を上から握り、グッと力を入れてやる。その力に逆らうことなく、その操縦桿はゆっくりと下がっていった。―――と、次の瞬間機体が一気に傾き、表現しがたい力が5人を襲った。重力に逆らって上昇するヘリコプターの中で、再び歓声が上がったのはそれからしばらく経ってからだった。(初めに歓声が上がったのは秀也がヘリコプターを操縦できる、ということが分かった時だ)
「た、助かったぁ・・・サンキュー徹」
「せっかく助かるって時に落っこちてあの世行きってのも御免だからな」
アハハ、とおかしそうに笑いながら徹が言った。それにつられたように「ごもっとも」とあいづちをうちながら秀也も笑みを浮かべる。後ろの方で哲志も笑っているのがわかった。
「これで・・・終わり、だよね?」
絵理が窓の外を見ながら小さくつぶやく。
「・・・うん。多分・・・いや、絶対終わったよ」
前を向いていた徹が体ごと後ろを向き、絵理のつぶやきに返事する。
「今思えば、色々あったよね」
瑠美が安っぽい鉄板のはりめぐらされたヘリコプターの天井を眺めながら言った。
「そう、だな」
チラリと秀也が後ろに視線を移してつぶやき、再び前に視線を戻した。
「これがなきゃ俺・・・いや、俺たちは出会わなかっただろうし、哲志と徹だって、自分達の生い立ちを知ることもなかっただろうし・・・な」
真面目な表情で秀也がつぶやいた。その横顔を徹は眺めながらそのことについての記憶がフラッシュバックのように目の前をかすめる。
「後悔はしてないよ、うん。恭介がどういう存在かってのもわかったし・・・な、徹」
哲志がニィっとイタズラっぽく笑いながら頭の後ろで手を組んだ。
「あ、あぁ」
一瞬ためらったようになってしまったが、哲志は気にしていないらしく笑みを浮かべている。徹の頭の中をちらついては消える一つの疑問―――本当の自分は誰なのか―――。今まではそんなことは考えたこともなかった。『西山紫音』―――。自分の中にいる、もう一つの人格。もしかしたら、彼が本当の体の主なのかもしれない。いや、もっとたくさんの人格が眠っているとしたら?こんなことを考えている『西島徹』という人格だって本当に存在しているのか?とさえも思えてくる。
「徹は、徹だろ?」
頭の中で自問自答をを始めた徹をみつめながら、哲志が言った。目を細めながら、じっと見つめている。まるで徹の心をも見透かすように。
「俺が思うにさ〜、誰が誰とかってどうでもいいんじゃねぇの?」
哲志は口を尖らせるようにして天井を見上げている。
「大事なのは、『ソイツがいるのかいないのか』ってことだと思うんだよねぇ〜」
視線を天井から徹へと移す。まっすぐに徹の顔をみつめて、哲志は再び笑った。
「ま、そゆこと。わっけわかんねーことは考えねぇの!考えるだけ無駄無駄。プラス思考でいきまっしょぉ〜」
哲志が満面の笑みを浮かべながら両腕を上へと突き上げる。しっかりと握られた拳は天井の鉄板を思いっきりぶん殴る形になり、室内に鈍い音が響いた。
「イィィっっっっっっテェェぇぇぇぇぇっ!!!!」
次に響いたのは哲志の絶叫。両手とも同じ形で殴ったためにどうしていいのかわからないのか、とりあえず両手に息を吹きかけて冷まそうとしていた。まぁ、当然そんなもんで治まるような痛みではないのだが。その哲志の様子を見て、隣りに座る瑠美がクスクスと声を殺して笑っていた。
「クスクス・・・哲志クンってたま〜にイイ事言うよねぇ〜」
不思議そうに見上げる哲志の顔を、瑠美が笑みを浮かべたままみつめる。
「すっごぉ〜くたまにだけどな」
いつの間にか前に向き直っていた徹が追い討ちをかけるようにボソリとつぶやく。
「ひ、ひっでぇぇ!え、絵理っぺも何か言ってやってよ!」
「え、絵理っぺ?」
突然『絵理っぺ』というニックネーム(?)をつけられた絵理が変な表情を浮かべてみせる。その表情はやがて、イタズラっぽいいつもの笑顔へと変わっていった。
「ま〜・・・ね。ウン、たまにはイイ事言ってんじゃない?」
「あぅ・・・俺、何かしたっけ?」
がくっと肩を落としてしまった哲志を見て皆が声を殺して笑う。その様子に哲志もやがて気づいて怒声をあげた。ワーワーと騒ぎ立てるヘリコプターは、夕闇の中をずっと飛び続けた。海に映し出された月が、何かからその少年達の乗ったヘリコプターを防護するかのように、その陰をいつまでも優しく包み込んでいた。



   男子11番 西島 徹 (にしじま とおる)

   男子12番 西山 哲志(にしやま てつし)

   女子10番 見角 絵理(みかど えり)

   女子15番 渡橋 瑠美(わたばし るみ)

   カタストロフィ二代目総長 橋本 秀也(はしもと とうや)
                      ――――5人生還――――





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