「紫音・・・だと!?」
ロードの歪む表情をニヤニヤとした笑みを浮かべながら紫音が見つめる。
「あぁ。紫音さ。伸介のもう一つの人格のなぁ。悪いな、伸介の体はもう飽きちまってよぉ。あの実験のときにこっちに移ったんだわ。アイツ死んだろ?あ〜伸介のことな」
口の端をつりあげながら聞く紫音に、ロードも笑みを浮かべて見せた。実験から数日後、西山伸介の体は不安定な状態を繰り返し、やがて死んでしまった。長い間二つの人格で共存していたのに、突然片方の人格が消えてしまったのだ。いわば体の半分の自由がなくなったのと同じこと。当時は突然死の理由はわかっていなかった。意識を失っていては、両方の人格が存在しているかどうか確かめようがなかったから。
「あぁ、死んだよ。・・・いい奴だったんだがな」
「ハッ!よく言うぜ。実験の材料にしやがったくせによぉ〜」
クックックと声を殺して紫音が笑う。頭をぽりぽりとかきながらロードが目を細めながら紫音を眺める。口元に笑みを浮かべながら口をゆっくりと開いた。
「俺の作ったおまえの息子のクローンはどうだった?金髪のやつなんだが」
ふと、笑みが止み、右手に握られていたワルサーMPLが突如ロードの頭部にロックオンされる。まるで、『黙れ』と言っているようだった。眉間にしわをよせ、半眼でロードを睨みつける。
「黙れよ。あんな雑魚は息子じゃぁねぇ。お前もとりあえず死んどけ。昔の級友っつうことで痛みは感じないように殺してやんよ」
ニィっと口元だけで笑みを浮かべる。しかし、眼は狂気に満ちていた。ロードは後ろに手を回すと右手にM92F、左手に変な形の物体を持って笑みを浮かべて見せた。
「・・・やってみろよ。俺も―――フッ」
そういって左手を顔にかざしてみせた。その左手に握られていたのは一つのお面。牙をむき出し、角をはやした異形の物体。秀也はその面を眺めながら日が落ち、薄暗くなってきているこの空とどこかシンクロしているように思えた。共通点はきっと、これから闇を作り出す、といった所か。
「ハ・・・ハンニャぁ!?」
哲志が悲鳴にも似た声をあげる。面を顔に押し付けるようにしながらロードが笑う。
「ククク・・・他の人間はこの面をつけると狂った後にやがて死ぬ。だが俺は・・・この面なしじゃ戦えない・・・ウゥゥゥ・・・オオォオォォオオオオ!」
面をつけたロードの体が大きく反れ、小さなうめき声を出している。それはやがて雄たけびへと変化した。それをチラリと見て紫音が思考をめぐらせた。『徹』も同じようなものを見てなかったかどうか・・・そして、それらしき記憶を見つけ出す。そう、あれは森の中・・・いくら撃ってもダメージがなかった敵。ハンニャ。
「ククク・・・おまえなら楽しめそうだな♪」
頭部へのロックオンを解かず、そのままワルサーの引き金をしぼる。激しい連射音が聞こえるのとほぼ同時にハンニャの面をかぶったロードがしゃがむ。吐き出された弾丸はロードの肩をかすめただけに終わった。標的を失った弾丸は虚しく途方へと消えていく。
「オラオラまだだぜ!」
そのハンニャのあとを追うようにワルサーの銃口の向きが変わる。今度はワルサーの弾丸はハンニャを確実に捕らえたかのように思えた。が、ハンニャは横に転がり、ダメージを最小限に食い止める。結局、弾丸はロードの肩とわき腹をえぐっただけだった。普通の人間なら致命傷だが、このハンニャ化した者にとってはただのかすり傷。いや、キズを負ってもいないのも同然なのかもしれない。
「チィ。弾切れかよ。だからナイフの方がいいんだよなぁ〜」
ハンニャの動きを追うようにワルサーの向きを変えていたが、そのワルサーが突然うなりを止めた。フルオートで攻撃していたためか、弾丸がすぐに尽きてしまったのだ。秀也に目配せすると、秀也はそれを期待していたかのようにナイフを二本差し出した。グリップの部分が手の形に合わせて変形しているナイフ。刃の部分がニ十センチ近くある、わりと大き目のナイフだった。
「使ってくれよ。まだ沢山あっからさ。さて・・・俺らも行くか」
「う〜・・・あいつとはあんま戦いたくないんだけどなぁ〜・・・」
哲志が苦笑しながらトンファーをくるくる回す。秀也も柄と刃の間に穴のあいたナイフをクルクルと回していたがそれを止め、柄の部分をつかむと、腰をかがめて戦闘態勢をとった。
「おぉおぉ、やる気満々じゃねぇか。よぉし、俺のあとについて来い!」
笑みを浮かべて紫音が走り出す。それに続くように二人も走り出した。
「ウガァァァァァァァァアアアッ」
雄たけびを上げながらM92Fの引き金をひく。銃声がいくつかとどろいたが、笑みを浮かべたまま少し体を動かしただけで紫音はそれを回避した。ぎりぎりで回避したためか、弾丸の風圧がわずかに頬をかすめたらしく血が少しにじみ出る。しかし、そんなことは全く気にせずに紫音は走り続けていた。後ろにいた二人も哲志は弾と反対の方向、秀也は少し紫音から離れていたため、その弾丸が当たる事は無かった。
「ウルァ!」
懐に飛び込んだ紫音が蹴りをハンニャの腕へと叩き込む。その一撃でロードの持っていたM92Fが吹き飛ばされた。ロードの腕が異様な形に変形し、バキバキと骨の砕ける音が聞こえてくる。
「ク・・・」
しかし、うめき声をあげたの紫音の方だった。へし折ったはずの腕が、突然紫音を襲ったのだ。へし折られながらも向かってきたロードの腕・・・その腕は折れてるために力が入らないはずなのに、その異様な形に変形してしまった腕から繰り出される攻撃は、折れていないときとほぼ同様の威力を持っていた。紫音がわき腹に拳による攻撃を受けてあとずさる。骨に異常はなさそうだが、筋がひどく痛んだ。
「フッ」
短く息を吹き出しながら秀也が跳躍する。その両手に持った小型のナイフは確実にハンニャの両肩を捕らえた。ザクッと肉の切れる心地よい感覚が腕に伝わってきた直後、腹に激しい痛みが走った。紫音に折られた右手とは逆の方向の手で秀也の腹を殴り飛ばしていたのだ。ロードを飛び越え、秀也は地面を転がる。
「ぐぅ・・・こ、コイツなんて動きしやがんだよ・・・」
無防備になったはずの下半身を攻撃しようとしていた哲志が、ハンニャの蹴りをガードしてあとずさる。
「グフッ・・・フフ・・グフフフヒ・・・ヒヒ・・・」
笑みに似た声をもらしながらロードが肩を震わす。わき腹を抑えていた紫音がゆっくりと体勢を立て直し、ロードを睨みつける。睨みつけられたロードは一度体をビクっ震わすと両手を垂れさげたまま、じっと紫音を見つめていた。いや、見つめているのとはどこかが違う。それはまるで、恐怖で目をそらすことさえも忘れてしまっているように見える。
「・・・?何で動かな・・・!?」
秀也がハンニャを見ながら疑問に思い、紫音へと視線を移す。その眼を見れば、抱いていた疑問は自然と解決された。狂気の色を思わせるその視線が、自分ではなくロードへと向けられているのを嬉しく思えるほどに、その眼は恐ろしかった。何かが頬をなでるような、ざわりとした感覚が秀也を襲い、全身の毛が逆立つのを感じた。幾度となく戦場へ赴き、多くの強い奴らと戦ってきた。その男たちと対面するたびに血が騒いでいたが・・・コレは別物。『闘争心』を通り越して、『恐怖』しか沸き起こってこない。全身が、紫音には逆らってはいけないと悲鳴をあげているようだった。
「グ・・・ヒ・・・ヒヒ・・・」
向けられた視線をふりほどこうとするように、ロードが跳躍する。そのまま勢いを殺さずにロードが蹴りを放つ。直線的で、単純な軌道を描いた蹴り。そんなものが紫音を捕らえられるはずもなく、紫音が少し動くだけであっさりとかわされてしまった。ロードが着地すると同時に、紫音の右手がロードの頭部を捉える。がっちりとつかまれた面が、みしみしと音を立てている。
「グ・・・アフ・・・ヒィ・・・」
「ずいぶんな事してくれんじゃねぇか」
命乞いをするようなロードの声とは無関係に、紫音が怒ったような声をもらす。つかんでいた頭部を離し、直後同じ手でロードの首をつかむ。ギシギシと締め上げながらロードの顔を自分の顔に近づけながら、その穴の奥にあるロードの本物の眼を直接睨みつけた。
「テメェごときが俺に勝てると思ってたんじゃぁねぇだろうなァ?」
口の端をつり上げながら、紫音が言った。穴からのぞくその目は恐怖に見開かれていた。
「・・・死ネ」
一瞬だった。左腕がロードの首元を通り過ぎたかと思うと、ロードの体がビクビクと痙攣しながら崩れ落ちたのは。紫音はそのロードの体の後ろへとゆっくり歩いていった。そのロードの体の首元から吹き出る、真っ赤な血をかぶらないようにするために。
「―――雑魚が」
首を少し後ろ・・・ロードの崩れ落ちた体への方へと傾け、睨みつけながら吐き出すように言った。紫音の右手に握られた、本体から切り離されてしまった頭部から滴る血が、紫音の足元をしずかに紅く染めていた。



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