秀也、哲志、徹、絵理、瑠美の5人は、階段の前に立っていた。あえて、誰も進路指導室であった事を聞かなかった。秀也の『決着はついたのか?』という質問だけ。他には何もきかないでいた。プログラム管制室へと変貌してしまった会議室にあったわずかな医療道具を使い、全員に応急処置もし終え、今現在に至る。目の前にある階段を5人で黙って見上げていた。弱弱しい蛍光灯の光が、その狭い階段を照らしている。一人なら余裕があるが、二人なら少しきついか、というぐらいの横幅。窓を完全に鉄板が覆っていること、また、そろそろ6時を回ろうかという時刻ということもあり、廊下も教室も、蛍光灯の光以外はどこにもない。目の前のその階段も1段1段が見えにくく、どこかその階段はその階段は、何もない、暗い世界へとつながっているかのような印象を受ける。そしてこの階段は、唯一屋上へとつながる階段であった。
「あの・・・さ」
階段を昇ろうとした秀也を徹がためらいながらも呼び止める。一度チラリと哲志を見て、徹は話を続けた。
「ここから先は俺と・・・哲志だけで行かせてくれないか?」
「え・・・?」
声を漏らしたのは秀也ではなかった。声を漏らしたのは哲志の隣に立っている絵理。驚いたように目を大きく開き、徹をみつめていた。その絵理の顔を見つめ返し、徹はさらに続ける。
「ここからは、俺たちの戦いなんだ。俺たちの過去・・・そのことについても決着をつけなきゃならない」
「・・・そゆこと。恭介も、ロードってオッサン知ってるって言ってたし」
絵理の顔をすまなそうに見つめながら淡々と話す徹に賛成するように、哲志が付け加えた。話し方にこそいつもの能天気さは出ていたが、表情はいつもとは違う。徹と同じように、真剣な顔つきをしていた。
「・・・俺たち・・・いや、もう俺だけになってしまったが・・・」
壁に背中を預け、目を瞑りながら秀也がつぶやくように語りだす。お互いの顔を見合っていた4人が、いっせいに秀也へと視線を移した。
「俺は・・・俺たちは、カタストロフィ。意味は―――」
「―――終局・・・?」
秀也の言葉につなげるように言ったのは瑠美だった。秀也は片方の目を開き、瑠美を見て小さく微笑んだ。
「そう。終局。アイツは・・・ロードは俺たちの教育責任者。俺に言わせればあいつは全ての元凶。俺にもアイツを殺らなきゃならない理由がある。引くことは・・・できない」
両方の目を開き、徹を睨むように眼差しを向ける。初対面ではそれだけで気圧されていた自分が、今では嘘のようにその眼差しを正面から受ける事ができた。これも、成長した、ということなのだろうか。そんなことを考えながら徹は口を開いた。
「・・・そうか。じゃあ、俺たち3人で・・・」
「―――嫌」
徹の言葉を遮ったのは、またもや絵理であった。今度は徹だけでなく、哲志も秀也も瑠美も、驚いたような表情を浮かべて絵理を見やった。みんなの視線を一斉に浴び、少したじろいだようだったが、すぐに体勢を立て直し小さく首を横に振った。
「ここまで一緒に来たのに・・・最後だけ3人で行くなんて嫌だよ。足でまといかもしれないけど、私たちだって一緒に・・・」
「あ、それなら私も!」
ゆっくりと徹に近づきながら絵理に続き、瑠美もそれに賛成した。左手で頭をかいてどうすれば納得してもらえるか、を考えていると、階段の1段目に足をかけながら秀也が苦笑した。
「フッ。無理だって、徹。お前はもう誰も傷つけたくないから言ってんのかもしれないけど、それは逆。他の誰かが必死に戦っている時に隠れて勝利を願う事の辛さを、お前はよく知ってるはず」
ゆっくりと一段一段を昇っていく秀也。その秀也の言葉を聞いて、嫌な記憶が徹の頭をかすめた。賢吾を一人戦場に置き去りにし、草むらに隠れた事の後悔。そして、救えただろうはずの仲間の命を失った時の哀しみ。確かに・・・あれほど辛い事もそうそうない。くだらない提案をしたことを、今更ながら徹は後悔した。
「よっし。じゃぁ〜行くか」
哲志が勢いよく昇りながら言った。
「あ、待ってよ哲志くん」
それを追う様にして瑠美も駆け上がる。それを見上げながら秀也が小さく笑う。一度だけ絵理と徹に視線を向け、ゆっくりと階段を昇る。
「・・・行こっか」
絵理が微笑む。
「あぁ、行こう」
それにつられるようにして徹も笑みを浮かべた。右手には新しく弾を込めなおしたワルサーMPL。政府の兵士達の弾に予備があったのを奪い、込めなおしたのだ。武器を沢山持っていこうかと思ったが、逆に動きが悪くなるだろうということもあり、結局今までともに戦ってきた『ワルサーMPL』一丁だけでいくことにした。その愛銃のセーフティが外れていることを確認し、ゆっくりと階段を昇りだす。その横には絵理が立っていた。一番上の段だけは普通の段よりも広くなっており、そこでみんな待っていた。顔を見合わせ、ほぼ全員が小さく、一度だけ頷く。「開けるぞ」というサインと、その了解である。ドアを開けたのは哲志だった。
「よく来たな!」
ドアを開け、一歩外に踏み出した瞬間、何度も放送で聞いただらしのない声が響き渡った。ドアを開けた正面の方には3人の兵士を従えた私服の男が立っている。その男を見るのは初めてだったが、哲志はその男の名前を知っていた。
「・・・ロードっておっさんか?」
私服の男を睨みつけながら哲志が叫ぶように言った。睨みつける哲志の後ろから徹、秀也、絵理、瑠美が姿を現す。そのぞろぞろと出てくる少年たちを見て、ロードは片眉をつり上げ、周りを囲むように立っている3人の兵士達へと視線を移した。
「・・・5人か。思ったよりは少ないが・・・油断はするなよ」
その言葉にうなずくこともせず、兵士達はじっと少年たちを見ていた。そんなことは百も承知、とでも思っているのだろう。ふぅ、と息を吐き出しながらロードも少年達へと視線を移す。
「哲志、オレの事は覚えているか?お前に名前をつけたのは俺なんだが?」
ニィ、っと笑いながらロードが言った。そのロードにゆっくり歩み寄りながら哲志が口を開く。
「・・・あんたが・・・?」
「あ〜〜そうだ」
ある一定の所まで近づいた時、周りの兵士達が手に持っているマシンガンを一斉に哲志に向けた。それを遮るようにロードが手を出し、それを見て兵士達が銃をさげる。
「お前と伸二を近づけていたら、同じ脳あった人格だ。そのうちどっちかに影響が出て壊れちまうからな。だから正常だった伸二を手元に残し―――おまえは別のところで育成されてたのさ」
怪訝そうな表情が一変し、動きとともに表情が凍りつく。次に哲志の顔にうかんだ表情はどこか悲しそうにも見える表情だった。
「じゃ、じゃあ・・・俺の親は!?事故で死んだのは・・・」
「・・・事故?フッ。ま〜、事故だな」
『事故』という言葉を聞き、ロードは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。しかしすぐに元の笑みを浮かべる。
「お前の親は、政府の人間だったのさ。お前に情を注ぎすぎていたから、ちょぉ〜っと前に殺したのさ。事故にみせかけてな。金はあったから、生活には困らなかったろ?」
分かっている。親が政府の人間だったことぐらい。それは、この島に来る前は知らなかったこと。この島に来て、このゲームが進むにつれて知ったこと。だが、それを知っても大したショックは受けなかった。血はつながっていなくても、自分を育ててくれた『親』と呼べる存在であった人たちは実の息子のように可愛がってくれた。それだけで十分だと思っていた。研究所にいたときの記憶なんかなかった。だが、きっと記憶の奥底にはそのときに受けていた扱いを覚えていたのだ。だから、普通の暮らしに満足できていたのかもしれない。しかし―――その平凡で幸福な生活を壊したのは政府。普通は、怒る。この事実をつきつけられて怒らない人間は、限りなく少ないだろう。しかし、哲志の中にこみ上げてきた感情は怒りではなかった。自分のせいで両親は死んだのだ。自分をひきとりさえしなければ、彼らは死ぬ事もなかった。それに対する罪悪感だけが心の中に広がっていった。
歯と歯がこすれ合い、ギリギリと音をもらす。
「なんでだよ・・・」
少しの沈黙をやぶったのは、哲志のふりしぼるような声。その声は、哲志の中の感情が手にとるように分かるほどに力のないものであった。その声を聞いたロードの顔に小さく笑みが浮かんでいる。
「何でいつもお前らなんだよ!?オレが何したってんだよ!?いつもいつも大事な人奪ってさ!なぁ!?あんたにも大事な人いんだろ!?相手のこと考えたことあんのかよ!?」
激怒する哲志を軽くあしらうような視線で見つめているロード。その姿が余計に自分をバカにしているように見えて、さらに頭に血が昇る。それを自覚しながらロードを睨む。―――と、兵士の二人がだらしなく倒れこむ。その額にはそれぞれナイフが一本ずつ突き刺さっていた。それを見た残りの兵士が銃を構え、激しい連射される銃声が響く。その銃声は兵士の発したものではなかった。銃を構えた体勢のまま硬直し、その場に膝をつき、崩れ落ちる。徹の持つワルサーMPLから白煙が立ち上っていた。
「今度は何だ?かく乱戦法かい?」
秀也が哲志の隣りまで歩み寄りながらつぶやいた。哲志を挟んでその反対側に徹も立つ。
「えらく西山家に詳しいんだな。あんたいったい何者なんだ?」
徹が顔を歪ませながら言った。怪訝そうな表情。常にその右手に握られたワルサーMPLが牙をむいているように感じる。
「今から約20年前―――ナイフ一本でマシンガンで武装した兵士20隊を壊滅させた男がいた。そいつの名前は西山伸介・・・つまり、オマエらの親父だな。そいつは俺と同期だったのさ。アイツの体から精子を取り出し・・・3つの固体を作り出した。そのうち一つは発生途中で死んでしまったがな。んで、その実験を専攻してたのが俺たちってわけだ。もっとも・・・その時はまだ若かったから大した役回りはもらえてなかったけどな」
哲志と徹は、それを無言、無表情で聞いていた。秀也はベルトから穴のあいたナイフを二本取り出し、人差し指をその穴に通してクルクルと回転させている。ロードの話はさらに続いた。
「遺伝子そのものの組換えもやった。当時有望だった賢吾に、低帯温度維持装置にかけていた伸介の細胞を植え込んだのさ。結果は失敗。人はその体にガン細胞があることを知ってるか?ただ活性していないだけで、誰の体にもガン細胞はあるんだよ。んで、その時にそのガン細胞に何らかの影響を与えたのだろう。ガン細胞がみるみる賢吾の体を蝕んでなぁ。そろそろ死期だと思ってたところさ」
無表情に聞いていた徹の顔が一瞬変化を見せる。眉間にしわを寄せ、険しい顔つきへと変わる。が、すぐに元に戻った。
「まぁ〜、こんなもんさ。大体わかったか?西山家のこと。西島、納得してくれたかい?」
その言葉に促されるように徹がロードから視線を外す。一度目をつぶると、徹の口元に笑みが浮かんだ。しだいに肩を震わせて笑い出す。徹は横目でロードを睨みつけながらその笑みの浮かんだ口を開いた。
「ククク・・・お前もおめでてぇ奴だな」
徹がニィっと笑みを浮かべ、正面からロードを睨む。
「所詮お前はそんなもんなんだよ。人の体いじってばっかでよぉぉ。他に何かしてんのか?アァ?」
突然の豹変ぶりに、ロードが驚いたような表情をうかべてたじろいだ。
「徹く―――」
話し掛けようとした絵理を哲志が遮った。絵理の方を向いて、小さく首を振ってみせる。絵理が徹の変化に違和感を持ち、話し掛けようとしたことはよく分かっていた。しかし、今は話し掛けてはいけない。下手すると攻撃の対象が変わる恐れがあるからだ。そう、今の徹は、徹であって徹ではないのだ。
「しかしまた・・・派手にやってくれたじゃ〜ねぇか。おぉ?」
笑みを浮かべたまま徹がゆっくりとロードに近づく。
「ま、まさかお前は・・・紫音!?」
ロードが引きつった顔をして言った。ロードの言った言葉を聞き、その足を止める。満足そうに笑みを浮かべながら、『徹』こと、『紫音』が口を開いた。
「あぁ〜そうだ。お前と同期だった伸介のもう一つの人格・・・西山紫音さ」



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