「紫音・・・?」
ずれてきたメガネを押し上げながら恭介がつぶやく。怪訝そうな表情を浮かべている恭介に対し、伸二は嬉しそうな笑みを浮かべている。
「そうか。やっぱりいたんだな。もう一人の人格が―――」
ニィ、っと笑みを浮かべたまま伸二が言った。紫音はその言葉を聞き流しながら首をパキパキと言わせている。伸二のつぶやきに答えたのは恭介だった。
「『やっぱり』・・・だと?どういうことだ?クローンと闘ってるときに出てた『紫音』は本物じゃなかったってぇのか?」
イラついたような表情を浮かべながら恭介がうなる。近づいたら跳びかかってきそうなぐらいに殺気だてていた。
「あぁ。アレはほんの一部に過ぎなかったようだな。そして・・・西山家の人間は、皆決まって多重人格なのさ。俺のもう一つの人格はお前の中・・・つまり哲志だな。そしてお前の中に存在していたはずの人格は・・・知ってるだろう?お前は障害を持っていたってことを。そのときに消滅したらしいのさ。つまり―――」
「―――徹の中に俺が存在していてもおかしくねぇっつうことだろ?」
ニィ、っと笑いながら紫音が伸二に続けた。小さくうなづき、さらに伸二が口を開く。
「恭介、お前はメガネが媒体になっているようだが・・・それはきっかけに過ぎない。二人の人格のバランスは常に取れるはずだ・・・徹と、紫音のようになァ」
そう言いながら恭介に向けていた視線を紫音へと向ける。―――しかし、そこに紫音の姿はなかった。
「グ・・・クソッ!」
伸二の体が突然大きく横へと吹き飛ばされる。横、というよりは床へと一直線だったが。それでも伸二は反撃した。残っていたナイフを紫音のいた方向へと投げる。しかしその弾丸に近い速度を持つナイフも体勢が悪くては大して速くはない。それもあったが・・・紫音にはそんな苦し紛れの反撃は通用しなかった。余裕で回避して恭介の隣りに立つ。
「おいおいおいマジかぁ?そんなんじゃ楽しめないぜ?」
地面にひざまずく伸二を見下ろしながら紫音が言った。と、次の瞬間紫音の左腕に再びナイフが突き刺さった。今度はヒジのすぐ下。そう、伸二の得意なナイフ投げだ。
「おもしれぇ・・・そうこなくちゃぁ〜なぁ」
口の端をつり上げながらナイフを引き抜く。握っていたワルサーを恭介に渡すと伸二に向かって走り出す。と、言っても距離が大してあるわけではないからほとんど跳躍したのに等しかった。その動きを見て伸二は付近に落としていたMP5A3を拾い上げ、紫音にその銃を向ける。頭に照準を合わせると、一気に引き金を引いた。バララララと心地よい銃声が室内を木霊する。しかし紫音はすでに腰をかがめて回避し、そのまま伸二の隣りを転がるように通過していた。紫音が伸二の隣りを通過した直後、伸二のわき腹から大量の血が噴出した。その血の噴出している部分の服とともに、ぱっくりとわき腹が開かれている。一瞬の出来事だった。
「なっ・・・にぃ!?」
額を冷や汗が伝った。背中もじっとりと、汗で濡れている。わき腹から流れ出る血は止まらない。ゆっくりと近づいてくる紫音を見ると、その右手には細いナイフが握られていた。刃の部分は全て真っ赤に染まっていた。そのナイフに視線を落としながら紫音が不気味に笑う。
「キ・・・サ・・・マァ・・・」
ギリギリと歯ぎしりをしながら紫音を睨みつける。伸二の表情にはじめて焦りの色が浮かんでいた。
「ククク・・・おぉ〜おぉ〜おっかねぇ〜。んで?どうすんだよ?睨んでるだけじゃ何も起きねぇぜぇ?」
ナイフについた血をなめながら紫音が言う。伸二は右手に持っていたMP5A3を左手へと持ち替え、紫音に向かって引き金をひく。再び部屋に連射される銃声が鳴り響いた。―――が、それは伸二のMP5A3から発されたものではなく・・・哲志の持つワルサーMPLであった。その銃弾は再び伸二の持つMP5A3を吹き飛ばす。それと同時に伸二の左腕を撃ちぬいた。鮮血が舞い、伸二の顔から血の気が引く。
「クックック・・・政府の人間が一番欲しかった『人格』はお前じゃぁなく・・・俺だったのかもなぁ」
右手に持つナイフをじっと見ながら紫音が言った。一瞬眼を閉じ、再び開くと同時に伸二を睨みつける。蛇に睨まれた蛙のように、伸二はピクリとも動かない。紫音は何の前触れもなくナイフを投げた。紫音の放った一本のナイフは伸二の頬をかすめ、後ろの壁に突き刺さる。伸二の耳が半分ほど切れていた。その様子を見ながら、恭介がメガネを外し、ポケットにしまう。一度瞳を閉じ、再び開いた時にはもう、恭介の気配はなかった。そう、哲志と入れ替わったのだ。無言のまま、その手に握るワルサーMPLを紫音に手渡す。それに抵抗せず、紫音はワルサーを受け取った。ワルサーを渡すと、哲志は伸二に背をむけ、ドアに向かって歩き出した。
「なっ・・・貴様!どこへ・・・」
恐怖に硬直していたことも自覚できないまま、伸二が叫ぶ。その顔に浮かんでいた表情は怒りに限りなく近かった。そんな伸二を振り返り、哲志がニっと笑って見せた。
「だってさ〜、もう勝負ついてんじゃん?」
頭の後ろで手を組むようにしながら哲志が笑いながら言う。それを聞いて伸二がさらに怒る。
「ま・・・まだだ!」
腰の周りを探り、ナイフを取ろうとした。しかし・・・ナイフはもうなかった。何度も倒れた事もあって散らばってしまったのだ。そのことに気づき、顔を上げると―――紫音がワルサーMPLを自分に向けて構えていた。確実に頭にロックオンしてある。冷ややかなその眼が、ためらいは一切ないことを物語っていた。
「ま、待て!紫音―――」
「―――残念だが」
伸二の言葉を遮るようにして紫音が口を開く。それはどこかつぶやいたような印象を受ける。しかしこの狭い室内には、恐ろしいほどはっきりと響いた。そして直後に響いた銃声。それは紛れもなく、ワルサーMPLの音。弾切れになるまで、ずっと引き金をひいていた。痙攣しているように小刻みに体を動かしながら伸二の体が崩れ落ちる。ワルサーが弾切れになるのにそんなに時間はかからなかった。沢山の薬きょうが地面を転がり、心地よい金属音の余韻を残す。
「・・・行こう」
哲志が笑みを浮かべて言った。それをチラリと見て、再び伸二に視線を戻す。ピクピクと動く胸を見て、呼吸がもう停止し、横隔膜が麻痺しているのだと確信して背を向ける。そして、小さく笑みを浮かべてつぶやいた。
「俺は徹だ。―――紫音じゃねぇよ」



西山伸二(初代総統)【残り4人+1人】

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