「ダメだ。ダメダメ。ぜぇ〜んぜんダメ!!」
ニィっと楽しそうに笑いながら、三人の兵の持つマシンガンの弾の飛来する中を哲志は悠然と駆け巡っていた。しっかりとポイントされずに吐き出されるマシンガンの弾は哲志の体を捕らえることなく、壁の中へと消えていく。一人、また一人と昏倒させられていく兵を見て、最後の兵は悲鳴をあげながら逃げようとした。しかし、それと哲志が見逃すはずもなく、最後の一人も頭をかち割られて崩れ落ちる。ずれ落ちそうになった眼鏡をクイっと上げながら哲志・・・いや、恭介は小さく息を吐き出した。トンファーを振り、わずかに付着していた血をはらう。
「俺は・・・あの男を知っている・・・」
自分に言い聞かせるように恭介はつぶやいた。地面をじっと眺めてはいるが、彼の眼に映っているのは、いまやプログラム管理室へと改造されていた部屋で見た、一枚の写真。その写真の一番左に立つ、まだ30にさしかかるかかからないかという程の、わりと若い男のことを思い出していた。恭介がいるのは、そのプログラム管理室の隣りの教室・・・社会科室。壁にかけられたままになっている世界地図に視線を移しながら、恭介は再び口を開いた。
「あの男が―――ロード。気をつけな・・・哲志」
そう、つぶやきながら恭介は眼鏡をゆっくりとはずす。数回瞬きをすると、鋭く研ぎ澄まされた眼が、ゆったりとした余裕のある眼に変わる。その変貌は『普段の顔』と、『怒った時の顔』ぐらいの差しかないが、明らかに雰囲気は違う。―――そう、哲志は二重人格。『眼鏡』という媒体を通し、『恭介』という人格へと転移するのだ。
「・・・そっか。ありがとう、恭介」
「哲志ぃ、終わったのか?」
自分の中のもう一人の自分にお礼を言うと、廊下の方から声が聞こえてきた。親友の徹だ。管理室から出た6人は、聡奈、徹、哲志の三人で隣接、または向かいあっている社会科室、理科室、多目的室を調べることになり、絵理、瑠美は秀也がもしもの時のために護りにつき、会議室で待機することになった。合図を送りながら、三人が同時に鉄板で加工されたドアを開くと、どの部屋にも少数ながら敵が待ち構えていたらしく、物の崩れる音や、ワルサーの火を吹く音などが教室、廊下に響いた。銃を使うために超短期戦だったのか、徹は哲志よりも若干早くけりがついたらしい。
「あぁ、今終わったよ」
哲志は親指をグ、っと立てながら笑みを浮かべた。それを見て徹も親指を立ててみせる。徹が入ったのは多目的室。
「ん?アレ?聡奈さんは?」
徹が一人でいるのを見た哲志は少し不思議に思って尋ねる。徹は肩をすくめ、社会科室の隣りの部屋、『理科室』を指差しながら言った。
「まだ戦ってんじゃねぇの?援護しにいくか」
徹の提案を、哲志は否定しなかった。了解!と小さく敬礼つきで言うと、理科室のドアを思いっきり開けた。身を低くかがめ、トンファーを構えると哲志と、ワルサーを突き出すように構えた徹の目に飛び込んできたのは、ぐっしょりと濡れ、ぺたんと座り込んだ聡奈の姿だった。政府の兵士はと言うと、首が変な方向に曲がったり、切り落とされたりして横たわっていた。よく見ると、聡奈の近くで幾つもの水道管が鋭利な刃物で切り落とされたようにぽっかりと穴をあけ、勢いよく水を噴き上げている。どうやらそれで聡奈は濡れてしまったらしい。半べそをかきながら聡奈は徹と哲志を見上げた。
「もぉ〜何コレぇ〜?最悪ぅ。なんで私だけこんな・・・!?」
愚痴っている聡奈が見たのは、だらしなく口を開いたままじーっとこちらを見ている哲志。その視線をたどり、自分の服装を見て、異変に気づく。頭からつまさきまでずぶ濡れになったことで服が体に張り付き、下着が透けていたのだ。プツン、と、聡奈は自分の中で何かが切れたような気がした。ヒュン、という空を切る音と共に哲志の首に細い糸のようなものが巻きつく。・・・まぎれもなく、ワイヤー。そのワイヤーは聡奈の右腕からのびたものだった。その首にまきついたワイヤーを手でつかもうとした時、哲志はとてつもない力で引き寄せられた。哲志の胸倉をつかみ、聡奈が牙をむく。
「もとはと言えば!あんたが行く部屋割りをしたのよねぇ!?・・・こうなることを計算してたんじゃないでしょうねぇ!?」
きりきりと絞められるそのワイヤーの苦痛に耐えかねて、哲志が悲鳴にも似たうめき声をあげる。その様子を、徹はただ呆然と眺めるしかなかった。
「そ、そんなこと考えてなっ・・・ぐえっ」
否定しようとした哲志の首を、さらに強い力が襲う。解決策を見出したのか、哲志はガクランを素早く抜いで聡奈に手渡した。哲志の顔は血を止めすぎたらしく、真っ赤になっていた。聡奈はそのガクランを受け取って、ようやくワイヤーを緩めた。ゲホゲホと噎せ返っている哲志を尻目に、聡奈はガクランを纏う。
「・・・さ、一旦秀也たちの所へ戻るわよ。ホラ、哲志も早く立って!」
『そ、そうだね』と徹は苦笑いをしながら哲志に手を貸す。見ると、その眼にはうっすらと涙がうかんでいた。機嫌が悪いのか、それとも良いのか・・・わからない聡奈が教室を出た。それを確認して哲志がうめく。
「ぜぇぇったい雪人さん苦労してたって。いってぇ・・・」
くっきりと残るワイヤーのまきついた後に残った赤い線をなでる。首に残っている線同様、顔もまだ少し赤い。そのまま二人で廊下に出ようとした時、銃声が廊下に響き渡った。紛れもなく、マシンガンの連射される音だ。徹たちのグループの中で、銃を持って来ていたのは徹と絵理と瑠美。その中でマシンガンを持つのは徹だけである。そしてその徹は今、哲志の隣りで呆然と立ち尽くしている。つまり・・・誰かが攻撃を受けているのだ。哲志と徹は一瞬顔を見合わせて、走り出した。長年ともに同じ道を歩んできたこと、また、実の兄弟であることから、お互いに何が言いたいのか瞬時にわかった。互いが、心の中で一緒に叫んだ言葉・・・それは、『行こう!』だった。
「聡奈さん!」
「秀也!」
哲志と徹はそれぞれ叫びながら階段に向かった。廊下の先の方も気になったが何もいなかった。だから、階段に向かった。それ以前に、階段の方からうっすらと土ぼこりが舞い上がり、壁にどんどん穴があいていっているのが見えたのだ。10メートルとない距離が、なぜか遠く感じた。
「徹!頼む!」
壁に隠れるようにして座っていた秀也が叫ぶ。その奥の方で絵理と瑠美が小さくうずくまっているのが見えた。聡奈は秀也の横で相手の様子を伺っているようだった。
「くたばれぇぇ!」
徹が叫びながら走っている勢いを殺さず、そのまま階段を横切る。そこには身を低くした兵士が二人いた。その二人の兵士と、徹は目が合ったような気がした。どういうわけか二人とも黒いサングラスをかけていたが、なぜか目が合ったような気がしたのだ。地面を転がりながら、二人のおおよその方向に向かって徹はワルサーMPLの引き金をひいた。廊下に響き渡る激しい銃声。その銃声に紛れて階段を転げ落ちていく鈍い音がわずかに聞こえたような気がした。木造の校舎の中で、唯一セメントでガチガチに固められたその階段に響く金属音と人の転がる鈍い音。銃声の鳴り止んだその空間に訪れたのは、静寂だった。徹はおそるおそる立ち上がり、階段の下の方を見た。すると二人の兵士は折り重なるようにして地に伏せていた。出血量からして、とうに息絶えている。
「と・・・徹、こんなに銃の扱いよかったっけ?」
哲志が唖然としながらつぶやく。それを見上げながら秀也がニヤリと笑った。
「・・・経験と、才能だろ?」
そう言っている秀也は、どこか楽しそうだった。ゆっくりと立ち上がり、絵理と瑠美に手を差し伸べる。瑠美は秀也の左腕につかまり、絵理は右手につかまろうとしたが秀也の腕、肩に包帯が巻かれているのを思い出して遠慮した。その考慮を秀也は察したのか、絵理に小さく『悪いな』とつぶやいた。それを聞いた絵理はニコリと微笑む。
「・・・徹、もう敵はいない?」
秀也たちのやりとりを尻目に、聡奈が徹に話し掛ける。しばらく階段を覗き込んでいた徹が聡奈に向き直り、小さく微笑をうかべる。
「大丈夫。今のとこ何も来てないよ」
「そっかぁ。良かったぁ〜」
徹の微笑を見て、聡奈も絵理を浮かべた。
「あ、アレ?俺は?俺の相手はっ!?」
哲志が秀也を見たり徹を見たりしながら誰に言うともなくつぶやき、うなだれた。がっくりとうなだれた哲志の肩を、徹がそっと後ろからかけた。
「気ぃ〜にするなって。そのうちいい事あるさ!」
笑いながら哲志をはげます。徹が哲志の肩を抱いたまま、廊下をずんずん進んで行く。一人はうなだれ、もう一人は笑いながらその顔を覗き込んでいた。彼らは気づかなかった。後ろで一人の少年と三人の少女が自分たちを見て、暖かな笑みを浮かべていたことを。そして、最後に残された部屋―――『進路指導室』。そこで徹たちを待ち構えているもののことを・・・。



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