第3部







「こっちだ!は、早く来―――うぐっ・・・」
威勢の良い後に続く悲鳴。マシンガンを片手に、防弾チョッキや手榴弾などで武装したその兵士は、一本のワイヤーが首に巻きついたかと思うとギロチンで首を叩き落されたかのように首が吹き飛んだ。その兵士の叫びを聞きつけ、3人の武装兵が奥から走って入り口に出てくる。その兵士達は入り口を出て、恐怖した。首のない兵士、ナイフが額に刺さったまま、苦悶の表情を浮かべて死んだ兵士、マシンガンで穴だらけになった兵士・・・ついさっきまで行動をともにしていた戦友たちが無残な姿で死んでいた。
「クソッ!ガキ共め!」
「政府の軍をなめるなよ!」
「我々の恐ろしさを思い知らせてやる!」
各々、自らを奮い立たせるように怒りをあらわにしながら叫ぶように言った。時刻は3時を少し過ぎたぐらいの昼下がり。日も少し傾いてきたかというとき、それは起こった。突然、入り口で見張りをしていた兵士達の悲鳴が聞こえたかと思うと、応援にかけつけた兵士達の悲鳴が次々と聞こえてきたのだ。同時に何人もの銃声、悲鳴が聞こえてきたことから、敵は複数であることがわかったが、その姿はいまだに確認できないでいた。それというのも、全ての窓が鉄板で覆われ、まったく外の様子が見えないからである。兵士がかけつけては悲鳴がとどろき、それを聞いてはまた兵士がかけつけていく。そしてその悲鳴の数はもう10以上であった。
「どこだ!?どこにいる!?」
兵士の一人が叫ぶ。怒りで我を忘れているようにも見えるが、そこはさすが鍛え抜かれた兵士といった所。壁を背に三人で三方向を向き、いつでも攻撃に転じられるように陣形をくんでいた。
「なっ・・・!?」
突如として跳んできたナイフ。そのナイフは三人の頭部に深く突き刺さり、あっさりと絶命した。その狙いの正確さとスピードは、弾丸にせまるものがある。
「よっ・・・っと」
学校の近くに生えている、無数の木の中から十字の赤いラインの入った服をまとい、カチャカチャとナイフを鳴らしながら油断のない、鋭い眼をした少年が飛び降りた。肩と腕にグルグルと巻かれた包帯が痛々しい。その包帯には血がにじみ、かなりの重傷にも見える。だが、彼にとってそれはなんてことなかった。ただ―――ナイフが利き腕の右手ではないから投げ辛い、というだけ。その少年の姿を確認して、バラバラの方向から少年、少女が集まってきた。制服姿の、どこか似たような雰囲気を漂わせる少年が二人。二人とも黒髪だが、一人は所々ピンピンとはねており、もう一人は完全に寝た状態になっている。その髪の毛のはねている少年の手にはトンファーが握られ、もう一人の少年の手にはワルサーMPLという名のマシンガンが握られていた。年のころは中学3年生であろう、と容易に推測できる端正な顔形をしているためか、それぞれの持っている物が似つかわしくない。なにより、制服なのがそれをさらに際立たせた。と、その後ろからさらに二人の少女が顔をのぞかせる。肩の辺りで切りそろえられた、やや色素の薄い髪。薄めの安っぽいコートを羽織り、お腹の辺りで太目のベルトを巻いている。真新しいそのジーパンは、彼女には少し長いらしく、下のほうで折り返されていた。もう一人の少女は、わりとショートカットの、わずかに黒みの残る栗色の髪で、どこかつぎはぎにも見える服装をしていた。ひじ、膝の部分で一度切れ、ボタンのようなもので再びつながっているのだ。そしてその薄い青のシャツの中央には『GET TOGETHER』の赤い文字。彼女達の手にも、彼女達には少し大きすぎるほどの拳銃が握られていた。また、少し離れた所で木から飛び降りる者がいた。その茶色がかった髪は肩の辺りで切りそろえられており、髪型だけ見ればコートを羽織った少女と何ら変わりはない。しかしその少女の風貌は、どこかのモデルだろうかとも思わせるほどに美しい。いや、美しいというよりはまだあどけない、可愛い子猫を連想させる。黒い短パンに紫に近い色のスパッツをはき、少し大きめの薄手のジャンパーに、黒いシャツ。その少女は、体勢を崩さないように慎重に着地し、起き上がる。その手首には血に濡れたワイヤーが数本束ねられていた。
「秀也、敵は・・・?」
『秀也』と呼ばれた少年は、ナイフを持つ少年。ニヤ、と勝ち気な笑みを浮かべグ、と親指をたてた。
「おそらく、もう来ない。きっと待ち伏せてるに違いないな。突入しよう」
ワルサーMPLを持つ少年―――『徹』に返事と、次の指示を与えた。周りの少年、少女達は小さく頷いた。
「よっし!哲志、暴れてやろうぜ!」
徹は隣に立つトンファーを持った少年、『哲志』の背中をバシ!と叩きながら言った。小さくむせながら哲志は小さく首を振った。
「ダ〜メダメ!俺はお姫様たちを守るナイトなの!な!絵理、瑠美」
『絵理』と呼ばれるコートを羽織った少女と、つぎはぎの服を着た少女、『瑠美』が小さく苦笑する。少しイタズラっぽい表情を浮かべながら瑠美が秀也に抱きついた。
「私は秀也君に守ってもらうから二人で先行してねぇ〜」
ニコニコと笑いながら瑠美が言う。それを見て絵理も「私もぉ〜」と言いながら瑠美に続いた。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!私はその『お姫様』の中には入ってないわけぇ〜!?」
制服姿の少女、『聡奈』がそのふっくらした頬を膨らませながら哲志に近づく。聡奈は哲志の目の前まで来た所で聡奈は足を止めた。哲志は目の前で手のひらを広げ、両手を横に振りながら苦笑した。
「い、いや、ホラ、ネ?聡奈さんは特別で・・・」
「ふぅ〜・・ん。あの二人は呼び捨てで、わたしはさん付けなんだ・・・ちょっとショック〜」
聡奈がそっぽを向きながら不機嫌そうな顔をした。
「あ〜〜、えぇ〜っと・・・」
哲志が困っていると聡奈はその様子を一瞥し、徹のほうへと近づいた。そして瑠美たちと同じように背後から抱きつく。
「いいもぉ〜ん。私は徹に護ってもらうから。ネ?」
徹は聡奈に微笑まれ、「ハハハ・・・」と苦笑した。苦笑しているとき、絵理と目があった。明らかにムっとした表情を浮かべ、徹を睨みつけていた。ヘンな焦りが徹を襲う。
「あ〜〜〜もう行くぞ!哲志は怪我してっから俺の後ろにいろよ」
騒ぎ立てる周りの仲間たちを一喝するように秀也が言った。『自分も怪我しとるやろ・・・』と、思いつつ哲志は秀也の後ろに続き、秀也は徹と聡奈の後ろに続いた。
「さぁ〜〜って、目につく敵は即殺ネ!徹!」
徹の隣りに立つ聡奈がチャラチャラと手首につけたワイヤーを、いつでも飛ばせるようにセットする。徹は、ワルサーのマガジンにしっかりと弾が込められているのを確認しながら、聡奈の問いを笑顔で返した。ゆっくりと6人は歩き出し、校舎の入り口をくぐる。慎重に角を曲がりながら、一つ一つの教室をチェックしていく。うすぐらい廊下と教室。それらの空間がやけに広く感じ、何か幽霊が出てきそうな雰囲気さえも感じられる。聡奈は無意識のうちに徹の左手を握っていた。
「・・・誰もいないね・・・」
聡奈が小さく言う。徹は、「あぁ」と頷きながら返事した。
「あのさ・・・」
徹が聡奈の方を見ながら言った。薄暗くてよく見えなかったが、どこか恥ずかしそうな表情をしているようだった。後ろで秀也が廊下の先を睨みつけている。
「手、まずいんじゃない?敵が来たら・・・」
徹に言われ、聡奈は徹の手を強く握っていることに気がついた。慌ててその手を離す。
「ゴ、ゴメン・・・」
聡奈が少し頬を赤くしながら言った。もしここが明るかったらきっとみんなに頬を赤らめているのがばれていただろうほどに。聡奈と徹は、再び正面を凝視しながら歩く。しかし、徹はそれに集中できないでいた。それというのも、背後から突き刺さるような視線を感じていたから。その正体は後ろをチラリと見ればよくわかる。見なくとも大方の予想はつくが。そしてその正体とは・・・絵理と哲志であった。『後が恐いなァ・・・』と思いつつ、できるだけ前に集中できるように神経を集中させる。ふと、廊下の突き当たりの所に人影が見えたような気がした。と、徹が構えるよりも早く十字架の形をした物が高速でその影の下へと飛んでいくのが見えた。本来なら、銀色に輝くその十字架は、闇の中を切り裂くように飛行し、前方にあった人影をとらえた。その影の頭部に当たる部分がゴトリと音を立てて転がった。うっすらと見えているその光景は、どこか幻想のようであった。それほどまでに滑らかな、かつ正確なワイヤーの動きであった。慌てて動いている二つの影を聡奈がワイヤーで狙った所にいるのを確認すると、徹はワルサーMPLの引き金を引いた。
当たりを淡く照らす小さな火と共に無数の弾が吐き出される。バラララララという連続した銃声が古い木造製の廊下に響き渡り、耳に激しい振動が伝わってきた。ワルサーMPLの銃口から立ち上る白い煙の向こうには、もう動く物はない。6人は一度顔を見合わせると、『敵』らしき影のあったところまで走った。ギシギシと床の軋む音がどこか懐かしかった。
「・・・敵だな。・・・ここから二階に上がれるみてぇだな。行こう」
どうという装備をした兵士ではなかった。ただ、いつもと同じようなマシンガンを握り、何の変哲もない軍服に見を包んでいる。穴だらけになった二つの死体と、首のなくなった死体を徹はチラリと見て階段を上る。絵理と瑠美が目を手で覆い、死体を見ないようにしているのが分かった。
「ん?コレは・・・」
徹が壁に何かがあるのに気がついた。それは、どこの中学校でも見かける電気のスイッチ。階段を上りきった所にある。そのスイッチを見ながらどこの学校も同じなんだな、と思いながら徹はそのスイッチに手を伸ばした。カチ、という軽いスイッチの切り替わる音と共に蛍光灯の小さな点滅が数回続いた後、柔らかな人工的な光彩が廊下を照らし出した。薄暗さに目が慣れてきていたためその光が少しまぶしいような気がしたが、そんなに強いといえる明かりでもなかったからかすぐになれる事ができた。
「物音一つしねぇな・・・」
秀也がつぶやいた。職員室や教室ばかりがあった一階とは違い、二階には会議室、理科室、社会科室といった特別教室が並んでいた。教室の量はとても多いとはいえないが、それでも兵士達が隠れれるだけのスペースは十分すぎるほどにある。油断はできない。
「会議室か」
徹がつぶやきながら一つの部屋に近づく。階段を上りきったところにあったのは会議室。その部屋の中からはフィィィンというパソコンかなにかが起動するようなかすかな音が漏れている。頭をドアに近づけなければ気づかないほどに、かすかな音だった。徹がそのドアのノブを慎重に回し、勢いよく開けて銃を構える。
「―――撃てぇぇぇ!」
部屋の中には数人の兵士とその上官らしき人物。その上官の号令よりも徹の方が速かった。ドアノブをひねると同時に正面に構えている兵士達に向かってワルサーMPLの力を解放する。激しい連続した銃声と共に無数の弾が吐き出され、正面に構えていた兵士達が鮮血を撒き散らしながら崩れていく。4人の銃を構えていた兵士は天井や床など、てんで関係のない方向をマシンガンで攻撃していた。すでに絶命している彼らはそのトリガーにひっかかった指をどかす事もできず、ただ、天井に穴をあけることしかできなかった。
「ひっ・・・」
小さく上官らしき人物が悲鳴にも似た声を漏らしながらその場にしゃがみこむ。その上官にワルサーを合わせながらゆっくり歩きながら徹は部屋の中に入った。徹が口を開きかけた時、耳の横を何かがかすめるのがわかった。ヒュン、という空を切るような音と共に銀色の十字架がぐるぐると上官の首に巻きついていく。完全にまきついたと同時に、上官の体がグン、と徹の方へと引き寄せられた。
「あと、どれぐらいの兵がいるの?」
恐怖で顔の歪んでいる上官を見下ろすように聡奈が言う。その様子を徹は呆然と眺めていた。
「このワイヤーは絞首刑ようの強化ワイヤー・・・嘘ついたら絞め殺すよ?」
聡奈がニコニコと笑いながらいう。冗談めいて言っているようだったが、全く冗談に聞こえなかった。その上官の顔も、見る見る血の気を失っている。ぶるぶると震えるその唇を、上官はゆっくりと動かした。
「あ、あと10人はいる・・・ロード参謀長も二階におられる・・・」
「・・・参謀長?」
上官の言葉を聞いて、聡奈の後ろに立っていた秀也が怪訝そうな声で言った。同時に、徹も気になった。参謀長・・・それは軍の指揮をし、作戦や用兵などの計画を担当する将校である。―――つまり、ロードはこの状況を予測してここに送られてきた、ということになる。もしかしたら、ロード本人の意思でここへ来ることにしたのかもしれないが。
「な、なぁ、頼む!命だけは・・・」
上官の悲鳴じみた叫び。直後、ゴッという鈍い音が響いた。それは哲志のトンファーによって生じた音であった。上官の脳天をかち割ったのか、黒に近い血が頬を伝い落ちていく。その上官は白目を向き、口をぱくぱくさせながら崩れ落ちた。
「ん?あぁ、そうか、この部屋は・・・」
秀也が部屋を見渡しながらいう。前方には巨大なスクリーンが張られていた。何も映し出していないが、電力の供給だけは怠っていないようだ。近くの巨大な機械が小さく点滅し、スタンバイ状態であることを示していた。中央付近にはソファーや小さなテーブル、放送用の器具などが置かれている。なるほど、この部屋がプログラムの中心となる部屋。プログラム管理室、というわけだ。秀也と同じように部屋を見渡していた徹の目に、一つの紙切れのようなものが映った。よく見るとそれは古ぼけた写真。誰かが意図的に置いたのか、それともただ忘れていったのか・・・分からなかったが、徹はそのテーブルの上に放置されていた写真を手にとった。その写真には若々しい男とその妻らしき人物。そしてその二人の間に写った幼い二人の少年。一人は幼児だったが・・・その眼はどこか寂しげで、悲しそうに見えた。もう一人は小学校の中学年ぐらいであろうか。長髪の少年が満面の笑みを浮かべている。
「これは・・・伸二と哲志!?」
わずかに残る面影。長髪の少年は間違いなく伸二である。傍らに立つ幼児も、どこか哲志に近いものがあった。徹の叫びを聞き、みんなが集まってきた。写真を覗き込んでは、おぉ、とか、あぁ、とか小さく声を漏らしている。みんなも、どことなく写真の二人が伸二と哲志だと了解したようだった。そんな中哲志は写真をじっと見つめたまま、声一つもらさなかった。溜息さえもつかなかった。ただただ、写真を見つめていた。
「・・・哲志?」
写真に釘付けになったまま動かない哲志に、秀也が声をかける。名前を呼ばれて、はっとしたように哲志が顔をあげた。周りから注がれる視線を感じ、哲志は小さく息を吐き出す。口をとがらせ、写真を徹に渡しながら哲志はボソリとつぶやいた。
「いいなぁ・・・この人。奥さん美人で」



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