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突如、伸二から受けた告知に哲志は動揺を隠せないでいた。つまり、今ここにいる自分は伸二の一部であるわけで、もともとこの体にあった性格は、『哲志』ではなく『恭介』の方なのだ。もともとこの体にいた人格は自分だと思い込んでいた哲志は大きなショックを受けた。伸二の話を聞いている途中で恭介が哲志と入れ替わったのも、この話を哲志に聞いて欲しかったからに違いない。もしかしたら恭介は、哲志を厄介に思っているのかもしれなかった。
「・・・別に、お前を責めたりはしない。それこそ俺の『一部』だからな。むしろ感謝してるぐらいだぜ?俺の中から友情とか正義感とかそういう甘ったるいもんを抜き取ってくれたお前の存在にはなぁ」
ニヤニヤと笑いながら伸二が言った。哲志は伸二を睨みながら再びメガネをかけた。こんなヤツに負けたくない。負けたら『一部が本体にかなう訳がない』と認めてしまいそうだったから―――。自分よりも、はるかに恭介の方が強い。その彼に今は頼るしかないのだ。たとえ自分が伸二の一部であったとしても。たとえ彼が、自分のことを嫌い、追い出そうとしているのかもしれなくても―――。
「ゴチャゴチャうるせぇよ・・・そんな事を俺話して何になるんだ?」
『哲志』から『恭介』へと変化したその少年が、伸二を睨みつけながら言う。伸二はそれを聞きながら苦笑した。
「クックック・・・ある意味ではお前の方が俺に近いかもしれんな―――恭介」
笑っている伸二を恭介は睨みつけ、腰を低くかがめた。
「テメェと一緒にすんじゃねぇよ。俺も・・・哲志もよぉ」
腰をかがめた恭介を見て、伸二も腰をかがめた。
「・・・右目の痛み・・・死で償ってもらうぞ。恭介」
「―――気安く呼ぶな!」
先に動いたのは恭介だった。左手のトンファーを半回転させながら伸二の首を狙う。それをさらに腰を低くして伸二が回避し、右手で左腕をはじいて腹に蹴りを叩き込む。小さく恭介がうめきながら吹き飛ばされた。・・・が、同時に蹴りを喰らう直前に右手のトンファーが伸二を捕らえていた。回転したトンファーが伸二の頬をはげしく叩き、歯をいくつか圧し折った。
「チィ・・・」
「く・・・」
口々にうめきながらお互いを睨みつける。伸二の口からは真っ赤な血が流れていた。砕かれた歯をペッと吐き出す。恭介の方は泡にも似た唾液が口から垂れていた。額にはわずかに冷や汗がうかんでいた。横隔膜が麻痺し、呼吸がしずらい。伸二に気づかれないようにゆっくりと深呼吸する事で回復を早めた。
「・・・まだまだァ!」
右手のトンファーの柄に近い方で殴りかかる。しかしそれを伸二のメリケンサックが食い止めた。キィンという金属音が鳴り、二人の拳がはじかれる。続いて伸二の左フックが恭介のわき腹を襲った。恭介の左腕は防御には回らず、伸二の背中を叩いていた。うめきながらも伸二が哲志に蹴りを入れ、哲志が地面を転がった。不覚にも、左腕のトンファーを手放してしまうほど、強力な蹴りだった。右手だけになってしまったトンファーを支えにゆっくりと立ち上がる。
「どう・・した?そんなもんか?」
ニィ、と笑いながら伸二が言う。額には薄っすらと汗がにじんでいるようにも見えた。
「・・・黙れ!」
恭介は伸二との距離を一気に詰め、思いっきり跳んだ。その跳躍は雪人に迫るものがあるぐらい、高く跳んだ。伸二の頭に狙いをしぼり、思いっきりトンファーを振り下ろす。しかし、その動きは途中で凍り付いてしまった。上を見上げ、ニヤニヤと笑う伸二の手には銃が握られていたのだ。Cz75―――。それを見た恭介の表情が焦りと驚愕に変わっていた。ドンドン、と二発の銃弾が吐き出され、恭介の右腕と肩口に命中する。右手のトンファーも振り下ろす途中で手放してしまい、遠くへ放り投げる形となってしまった。
「ぐ・・・テメェ・・・」
恭介は体勢を崩し、地面に伏せるように地面にたたきつけられた。―――伸二の目の前で。
「・・・別に、この戦いに反則があるわけじゃないだろう?」
伸二が恭介を見下しながら獰猛に笑う。その右手に握られたCz75がゆっくりと恭介の頭に合わせられる。
「消えな―――恭介。そして・・・哲志」
突然伸二の顔から笑みが消え、代わりに憎悪さえも感じるほど、怒りの入り混じった表情が浮かんでいた。
「く・・・お、俺は死なねぇ!死ぬ訳には・・・!?」
うつぶせに倒れている状態のまま、右足素早くバランスをとり、左足で蹴りを放とう、と思い、動きかけたその時だった。わずかに入っていた伸二の体が大きく左へと吹き飛ばされるのがわかった。少し遠くのほうで、ドッ、という何かが地面にぶつかり、転がる音が聞こえた。おそらく、Cz75が転がったのだろう、と、恭介は思った。ゆっくりと立ち上がると、正面には徹が立っていた。
「徹・・・だったな?」
恭介が徹をじっと見つめながら言った。その恭介をチラリと見て、徹が小さく笑む。不意に隣りからの強烈な蹴りを受けた伸二は地面を転がり、徹を睨みつけていた。
「初めまして・・・かな?恭介。―――いや、俺たちはすでに会った事があるか―――ずっと前に」
恭介は何を言われたのかよく理解できなかった。ズキっと右腕と肩が痛み、左手で撃たれた所を抑えた。恭介に向けていた笑みを向けていた徹は、伸二のほうへと向き直りゆっくりと近づいた。
「―――今からおよそ15年前・・・二つの固体が生命維持装置から外された・・・だったか?」
伸二を見下ろしながら徹が言った。伸二はぽかんと小さく口を開いたまま徹を見上げていた。
「一つの固体は死亡し・・・もう一つの固体は恭介で・・・あんたの人格の一部を移した・・・だったか?」
無表情だった徹の顔に、明らかに怒りの色が現われ始めた。右腕にはワルサーが握られている。伸二は横っ飛びをしながらCz75をキャッチした。
「死・・・」
『死ね』と叫ぼうとした伸二は驚いて目を見開いた。ドン、と一度だけ鳴り響いた銃声は、伸二の握るCz75を吹き飛ばしていた。徹の手にはH&K−USP。ずっとベルトにさしっぱなしだったはずのその銃が、白い煙をたなびかせていた。
「関係ねぇよ。アイツは俺の親友で、一人の人間なんだ。そして―――」
歯を剥き出しながら、徹は続けた。『怒り』というよりは『狂気』に近い表情だった。
「勝手に人のことを殺してんじゃねぇよ」
一瞬、伸二も何の事を言っているのだか分からなかった。しかし、やがてその内容に気づき、顔を歪めた。まさか―――コイツは!?
「そう、俺が最後の一人・・・15年前、死亡したと思われていた固体・・・西山紫音(にしやま しおん)――――最後の『西山』だ!」
全てを思い出した。死亡したと思われ、破棄されかけていた所を西島という苗字の清掃員が拾って帰ったことも、助けてくれたそんな『父』とも呼べる存在が、政府の人間に銃殺されたことも。はたまた、その銃殺される光景がさきほどの伸二と秀也の姿とダブったことまでも、理解した。そして、バスの中で見た夢や、林に逃げ込む直前に危険だと教えてくれたもの・・・心に響いてきた声――その主が本当の・・・本来の自分であったことも。
「き・・・貴様が・・・?」
伸二は怪訝そうな表情を浮かべ、右手に握ったままだったメリケンサックをこっそりと握りなおした。
「その程度の力で俺と同じ『西山』の人間・・・?―――笑わせるな!」
一瞬で距離をつめ、右手で殴りつける。その拳はH&K−USPを弾き飛ばし、第二撃目の左フックは徹の胸を捕らえた。そのまま、蹴りを放とうとしたとき、徹にそれを足の裏で止められた。勢いのついた蹴りだっただけに、徹の足の裏による制止は強烈な衝撃として直撃した部分・・・スネを襲った。直後、徹の持つワルサーが火を噴き、伸二の足に無数の穴があく。
「ぐおぉぉっ」
激痛に耐えかねて、伸二は思わず悲鳴をあげた。足から吹き出る自分の血を、懸命に止めようと手で押さえつける。しかし、それでどうこうできるものではなかった。
「人為転換で甘さを取り除いた・・・が―――」
徹がニィ、と笑いながら続ける。
「恐怖までは除けなかったようだなぁ・・・?」
その言葉に伸二は凍りついた。俺が恐怖している・・・?馬鹿な・・・あり得ない!!
「俺のクラスメイト・・・殺したんだろう?」
全身から冷や汗が吹き出て、身にまとっているもの全てをぐっしょりと濡らす。全身の毛が逆立ち、瞳孔が大きく開かれる。顔を上げ、命乞いの一つでもすれば助かるかもしれない。いや、助けて欲しい!死にたくない!
「ちょ、ちょっと待て!待ってくれ!」
伸二は叫んだ。生まれてこの方、叫んだ事など歓喜したとき以外なかった。いつもと違う――叫び。
「賢吾と真奈美も殺した―――許さない。・・・ついでに教えといてやる。今感じてるソレ・・・ソイツが恐怖ってやつだぜ?」
背筋を何かが伝ったような気がした。
「―――消えな。・・・兄貴」
どっかで聞いたような言葉。あぁ、そうか、俺が賢吾を殺すときに言った言葉だ・・・それだけが思考に残った。それだけが残り、あとは何も考えられなかった。バラララという音が響き、自分の頭の大半が吹き飛ばされた事など、分かる事も、知る事もできなかった。直後に、戦場と化していたその場所に訪れたのは沈黙。音のない世界で、飛び散っていた油に引火して燃えていた炎が消え、黒く細い煙が、ゆっくりと天に昇っていた。



西山伸二(初代総統)【残り4人+2人】

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