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「絵理!そこを離れて隠れてろ!」
炎の燃え盛る音や時々聞こえてくる小さな爆音を除いて、静かになったその空気を打ち破るように秀也が叫ぶ。しかし、絵理は泣きじゃくるばかりでその場を動こうとはしなかった。おそらく、秀也の声など聞こえていないのだろう。
「クッソォォォォォォ!」
徹は立っている場所から2メートルほど前に散乱していたグレネードランチャーに手を伸ばした。ずっしりとしたその兵器は両手で抱えなければ徹にはあつかえない。それはグレネードをつかんだ徹が一番理解していた。入っている弾はおそらく1発のみ。賢吾がショットガンも同時に装備していた所をみると、グレネードは使い捨て。一発打ったらショットガンで攻める形であったと見て間違いないだろう。一発しか入っていないため、絶対に外せない。隠れている木を吹き飛ばせば伸二に致命傷が与えられるに違いない。チャンスを物にしようとする焦りもあったが・・・どんな感情よりも優先されたのは怒りだった。左手でしっかりと支え、右手をトリガーに持っていく。
「吹っ飛べぇぇぇぇ!」
力いっぱいトリガーをしぼった。爆音がとどろくのを覚悟していたが、意外にも音は小さくてドン、というよりはボシュ、という音に近い発射音。普通の銃弾よりにわかに遅いのか、それとも弾が大きいからか肉眼でもグレネードの弾は目視できた。が、それでも徹の叫んだ言葉が終わる前に激しい爆発を起こして周りの草草が吹き飛んだ。一瞬白い閃光が走り、その後に広がる大火炎。空気中での一瞬の炎だったが威力がすさまじいことは確かだ。実際に伸二が隠れているはずの木も着弾した部分が吹き飛び、バキバキと音を立てて崩れ落ちた。
「――――誰が吹っ飛ぶって?」
「なっ・・・!?」
徹の耳元で生暖かい吐息と共に小さく誰かがつぶやいた。そしてその横で小さく秀也がうめいていた。徹は愕然とし、動くどころかうめくことさえもできないでいた。徹の後ろに現われた人物、それが誰であるかは確認するまでもない。間違いなく―――。
「徹!」
秀也が横向きにナイフを投げつけるように飛ばす。
「クックック・・・ダメだダメだ。てんでダメだな」
伸二はそう言いながら秀也の投げたナイフをウージーで叩き落とした。徹は金縛りから解放されたようにグレネードを投げ捨て、肩にかけていたワルサーMPLに持ち直すと、秀也の真横へと飛ぶように移動し、振り返る。そこには腰に手を当て、不敵に笑う伸二がいた。
「・・・ナイフ使い、お前がカタストロフィの二代目だな?」
伸二は頭に巻いていた長いバンダナを外し、血の染み付いている腕の部分に巻きつけた。硬いのか柔らかいのかよく分からない伸二の髪は、バンダナを巻いていたときの形をほとんど崩すことなくとどまっていた。
「・・・だったらどうした?」
低く、唸るように秀也が返す。その手にはすでにナイフが数本握られていた。
「ククク・・・カタストロフィ率いる帝国新鋭青少年部隊がこれからどうなるか・・・知ってるか?」
「・・・収容されてんのは知ってる」
「・・・政府のおえらいさんたちは殲滅させるんだとよ」
「なに!?」
腰を低くし、ナイフをいつでも投げれる体勢をとっていた秀也が大きく眼を見開き、戦闘体勢を解く。
「ふざけるな!俺たちは忠実に命令に従ってきたぞ!?なぜ今更・・・」
「そんなことを俺に言って、何か変わるのか?」
鋭く研ぎ澄まされた視線を向けられ、秀也は口をつぐんだ。しかし、歯をむき出したまま警戒は怠っていなかった。とりあえず、部隊全体が監禁、または警備などの常務につくのは知っていた。それは秀也がこの島に来る前にしていた事でもあったから。普通であれば反抗期に当たるであろう秀也達が、大人しく忠実に命令に従ってきた、ということは彼らを使役した政府の人間たちがよく知っているはず。それなのに・・・殲滅?秀也は自分の甘さをこの瞬間、強く感じた。
「・・・俺に言っても、何も変わらないだろうが。少なくとも・・・メンバーのリーダーが俺なら・・・誰も殺させなかったがなぁ・・・ククク」
「どういう・・・意味だ?」
眉間にしわを寄せながら秀也が低い声で言った。一触即発とはこのことか、と徹はその横で思っていた。ニヤニヤ笑みを浮かべてはいるが目は笑っていなかった。ん?目・・・?そういえばなぜ伸二は片目だけで見ているのだろう?銃を構えている時は片目の方が言いとしても、様子を伺うのであれば両目の方が明らかに効率がいい・・・はず。まるで右目を見られたくないかのように髪の毛で覆っている。
「どういう・・・意味かって?・・・決まってんだろうが。お前は弱いって言ってんのさ」
口をとがらせるような形にして伸二が言う。秀也の額や首筋には薄っすらと血管がうきあがっていた。
「・・・弱い?俺が?」
口の端をつりあげながら秀也が言う。その時、ふわりと風が吹いた。地球温暖化の進んだ秋の中旬とはいえ、もうそろそろ冷気を帯びた風も吹いていい頃。しかし吹いてきた風は決して冷たさを感じるような風でなく・・・また熱を帯びているわけでもない。潮や花といった自然の匂いを帯びた心地よい風。まるで、春を模したかのような風だった。その戦場に訪れたやわらかな風は、土ぼこりなどで少し汚れてしまったがまだ純白と呼べる伸二のコートをふわりと浮かせ、ストレートパーマをかけているであろう、色素の薄い金髪のその髪も散り散りにしながらまきあげた。顔の右側を覆い隠していた髪も浮き上がって露になる。そこにのぞいていたのは、人の眼を模した機械だった。中央は淡い、赤い光が発されていた。
「・・・この眼か?コイツは便利だぜ?暗視スコープからサーモグラフィはもちろん―――見えてない敵の位置まで座標を使って教えてくれる。俺の脳に直接電気信号としてな。動力は血の流れで生まれる微量な摩擦熱と、血管内に作られたいくつもの水力発電を応用した小型機械だから半永久的に使える代物・・・コイツを付けたら俺にも勝てるかもしれねぇぞ?ナイフ使い。ま―――取り付けるときは死ぬほど痛ぇぜ?」
呆然とみつめる二人を前に、伸二が丁寧に説明する。クスクスと小さく笑いながら伸二は髪をかけあげた。金色の髪が太陽の光を浴び、きらきらと光っていた。神々しいまでに。
「・・・ま、お前らはここで死ぬんだけどな」
ニィと伸二が笑うと、右手に握られていたウージーの狙いが正確に秀也の胸部を捉えた。秀也はほとんど棒立ちとい体勢が少し悪い状態だったからか、反応が少し遅れてしまった。横に跳びながらかわすが全てはかわしきれなかった。肩口と腰に被弾してしまったらしく、肩からは血が吹き出、ナイフの束ねられているベルトがはじけとんだ。小さくうめきながら秀也は体勢を立て直し、手に握っていたナイフを伸二に向かって放る。秀也の投げたナイフは直線的な動きをしながら伸二の頬を切り裂いた。血が頬を伝い、伸二の顔が驚きの表情に変わっていた。
「ほう・・・その体勢から投げられるのか。少し見直したぞ」
頬を伝ってきた血をなめながら不気味な笑みを浮かべる。徹は目の前にいる伸二が見て震えていた。なんだろう?この感覚は・・・。恐怖?いや、ちょっと違う気がする。前に・・・ずぅ〜〜〜〜っと前に同じような事がどこかであったのではなかろうか?ひれ伏す秀也とそれを見下しながら銃を構える伸二・・・。その二人が誰かと重なる。それが誰であったのか・・・徹は真剣に考えていた。『・・・誰・・・だったっけ?どこかで見たことのある光景・・・だよなぁ?根拠はないけど――――』
「死ネ。二代目・・・」
秀也はナイフのストックはもうないのか、右手で懸命に腰を探っていた。しかし、何も見つからない。焦りが秀也を冷静さを欠いて行く。その様子を見た伸二がニヤっと笑い、ウージーをつきつける。一瞬、伸二を睨みつけたが、その表情はすぐに笑みに変わった。そう、秀也は撃たれる事を受け入れたのだ。到底普通の人間にはできない覚悟である。腰を探る手を止め、ゆっくりとまぶたを閉じた。自分が死んでも、きっと徹と哲志ならやってくれる。そう、信じた。ギュワン!という何かの絡まるような、空を切るような・・・音が聞こえた。『あ、俺は撃たれたのか・・・そうか、撃たれたら視聴覚だっておかしくなるよな』そう思いながら秀也は、心の中で苦笑した。
「なぁ〜にやってんの!それでも私たちのリーダー!?」
聞き覚えのある声が聞こえた。閉じていたまぶたをゆっくりと開いてみる。そこには目を閉じる前と何ら変わりのない風景。目の前にあったのは、伸二の足。
「なっ・・・?」
秀也がうめきながら見上げると、伸二は左の方を向いていた。犬歯を剥き出し、怒りをあらわにしながら睨みつけている先・・・そこには聡奈が立っていた。手首から伸びたワイヤーにはウージーが絡まっていた。ウージーの絡まったワイヤーをブンブンと回してウージーだけを遠くに放り投げた。
「貴様は・・・うグゥ・・・!?」
ふいに後ろから加わった力に吹き飛ばされ、伸二が秀也の上を飛び越える。受身をとりながら辛うじて無様に寝そべらずにすんだ伸二は、今まで立っていた位置を睨みつけた。
「ふぅ〜〜、到着到着ぅ。徹!なぁにボサっとしてんだよぉ」
懐かしい声。周りの人間の緊張をほぐす、その場に似合わぬ能天気な口調。トンファーをクルクルと回しながら笑みを浮かべているその少年を、徹は知っていた。
「哲志・・・!?」
涙があふれそうになった。しかし、クルクルと回しているそのトンファーを見て、秀也と徹が思ったことがあった。それは―――。
「哲志・・・雪人は・・・?」
徹の質問を聞いて、哲志の表情もさすがに曇った。返事の代わりに小さく首を横に振る。秀也も徹もそれを見て目を伏せた。
「―――貴様らァ・・・」
バチバチと伸二の右目が電気の漏電する音を発していた。
「失せろォ!」
一瞬走る閃光。細く真っ赤なその閃光は聡奈のわき腹をとらえていた。文字通り光の速さで飛んできたその閃光は、目に映ったと同時に聡奈のわき腹を貫通したのだ。どうすることもできなかった。聡奈が左のわき腹を抑えながら地面に膝をつく。その後ろから遅れてきた瑠美が聡奈を支えに走ってきた。
「ククク・・・コイツは一日一発限り・・・しかもこれでこの右目ももう使えねぇ・・・ちょうどいいハンデだ」
伸二がチラリと左を見る。そこには物思いにふける徹がいた。さっき見た、伸二と秀也の光景の事を思い出していたのだ。それを見た伸二が、ここぞとばかりに走り出す。
「徹!ぼさっとするな!」
秀也が叫ぶ。『え?』という感じで徹が秀也の顔を見た。いや、見ようとした。目の前に現われたのは、不気味な笑みを浮かべた伸二だった。ワルサーを構えようと右手を上げようとすると、激しい痛みが右手を襲った。伸二の強烈な蹴りが入っていたのだ。腕の向きがまだ良かったからか、折れはしていないが、みしみしと骨がきしんでいた。伸二が目の前で回転し、徹のわき腹に回し蹴りを叩き込む。激痛で徹の顔が歪む。そのまま勢いに任せたまま木にぶつかり、がくりとうなだれた。一瞬の出来事であった。
「てんめぇ・・・」
哲志がポケットからメガネを取り出し、こめかみの辺りをグイっと押し上げながらそのメガネをかけた。秀也は哲志の行動の意味がよくわからなかったが、次第と哲志の周りからかもし出されるオーラのようなものを感じて驚いた。全身の毛が逆立つような恐怖さえも、一瞬感じた。それはまるで―――伸二を前にした時のような―――。
「秀也・・・だったか?コイツは俺の獲物だ。邪魔ァするなよ」
哲志が睨みつけるような・・・見下しているような・・・鋭い眼で秀也をみた。しかしその口元には笑みが浮かんでいる。
「てつ・・・し?」
秀也が首をかしげながら哲志の顔を見上げる。少し離れた所で伸二がメリケンサックを両手に装備していた。
「俺は哲志じゃねぇ。恭介だ。間違えんな」
哲志・・・いや、恭介が歯を剥き出しながら秀也を睨む。秀也は理解した。・・・彼は多重人格なのだと。おそらく哲志の中の『恭介』という人間を引き出す媒体が今彼がつけている古ぼけたメガネなのだろう。
「・・・アイツは強いぞ。油断するなよ、恭介」
秀也が立ち上がりながら声をかけた。肩と腰がズキズキと痛む。それを聞いて恭介はフッ、と小さく息をもらした。秀也は恭介が『分かっている』と言ったような気がして苦笑した。秀也がチラリと聡奈を見た。一点を焼き尽くし、貫通した赤いレーザーによるダメージがひどかったのか、わき腹を抑えてしゃがみこんでいる。瑠美がその部分に布の様な物を巻きつけているのを見て、聡奈のほうは大丈夫だろうと思い、次に絵理の方へと視線を移した。絵理は下をうつむき、真奈美の頭を抱えたまま硬直していた。伸二の蹴りをくらい、木に激突した徹は気絶してしまっているようだった。下を向いたままピクリとも動かない。ここは絵理の方へ行って隠れさせた方が良い、と思い、走り出す。途中に落ちていたナイフが数本ぶら下がったベルトを広いあげ、腰に巻きつけ、銃弾で切られてしまった部分ををきつくしばった。
「・・・恭介・・・か?」
伸二がゆっくりと恭介に近づきながら尋ねる。恭介はそれを聞いて小さく首をかしげるような仕草をした。口元は笑みを浮かべたままだったが。
「俺を・・・知ってるのか?」
微笑しながら恭介が言う。しかしそのきつく鋭い視線は、笑うどころか、睨んでいるようにも見えた。
「―――昔・・・いや、今から20年ぐらい前だな」
伸二も恭介と同じように首をかしげたような仕草をしながら語りだす。恭介は黙ってその話を聞いた。
「ある二つの配偶体の交雑が行われた。それによって3人の子供が生まれ・・・試験管で培養された。そのうちの2つは生命維持装置・・・まぁ、簡単に言うと凍らせただけなんだがな」
フッ、と伸二は息を漏らした。苦笑したようだった。そんな伸二を、恭介は睨むようにじっと見ていた。ゆっくりとメガネを外し、ポケットにしまう。一度目を閉じ、再び開くと、鋭い視線とは裏腹にゆったりと、したような目。恭介と哲志が入れ替わったのだ。
「・・・残された一つの受精卵は順調に成長を続け・・・5、6歳にまで育った。そこまで育った時点で、残りの二つも成長維持装置から外し、成長させた」
哲志は、『何を言っているんだろう?』と思いつつその話を聞いていたが、伸二の表情があまりに真剣で、とっつきにくい状態であったためそのまま話を聞いていた。
「成長途中で一つの固体は死亡し、もう一つの固体にも支障が生じた。極秘施設だったために資金が少なかったことで生命維持装置が不衛生だったのかもしれない、との結論だった。まぁ、その支障の生じた固体もしっかり成長したがな。三つの固体の内、1つは死亡、1つは精神に支障がおき、1つは正常どおりの成長を遂げた。当然、政府の人間たちも正常な固体を愛撫するわけだ」
伸二が目を閉じ、苦笑する。
「そしてその支障をきたしながらも成長した個体は思ったんだ。『どうして自分は可愛がられず、先に成長した固体はあんなにも可愛がられるのか?』とな。その固体は嫉妬した。そしてある時、その固体は先に成長した個体の右目をえぐったのさ。鋭ハサミでな。政府の人間は慌て、先に成長した個体から電気的信号を使った人為転換を行い、精神が不安定な支障を持つ固体に、もう一つの人格を作り出した」
そこまで聞いて、哲志はハッとした。右目をえぐられた固体・・・そして、人格を2つ持つ固体とは―――。
「まさか・・・!?」
うめきながら哲志が言う。メガネをかけると現われる『恭介』という性格。そして・・・今ここに存在する『哲志』という名の自分は・・・。
「そう、お前は俺の弟であり―――」
ニヤ、と笑みを浮かべながら伸二がまぶたを開く。
「俺のもう一つの人格なのさ―――哲志」



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