しばらく・・・いや、かなり歩いた。道路のわきの草むら、木々の間を縫うようにして。そろそろI―4にさしかかる頃だろうか。そう思いながら哲志は左腕の時計を見た。時計の針は11時半をさそうとしている。病院を出てからおよそ3時間。徹たちはどうなったのだろう?他のクラスメイト達のことも気になる。後何人が生きているんだろう?変な焦りを覚えながら顔を上げると、先頭を歩いている雪人と目が合った。
「一旦休憩しよう。みんな疲れたろ?」
気がつかなかったが、自分も呼吸が荒くなっている。その様子を見て雪人が提案したのだろう。よく見ると、皆疲れているように見える。思い思いの場所に座り込むと、大きく息を吐き出す音や、小さく、「暑ぅ・・・」とつぶやいている声が聞こえてきた。病院内での雰囲気とはまるで違う。まるでにこれから戦場へ向かう兵士達のようにぴりぴりとした緊迫感が場を包み込んでいる。まぁ、実際戦いに行っているわけだが。
「これからどこに行く?」
哲志が口を開くと、雪人が「さぁ」と言いながら続けた。
「正確な目標は、つかめてない。銃声とかしたらわかりやすくていいんだけどなぁ〜」
うんざりしたような様子で言うと、その美しい茶色がかった髪をかきあげた。数本は汗で額に張り付いていた。カタストロフィのメンバーと言っても、やはりこういうのは疲れるのだろうか?
「あ、あの・・・私・・・」
下を向いたまま、由美が突然しゃべりだす。皆が驚いて由美を見た。どこかすまなそうに、由美は続けた。
「私ね・・・どうしても自分でけりをつけなきゃいけない事があるの」
「それは・・・病院に来る前のことに関係があるの?」
瑠美ができるだけ優しく声をかける。彼女の雰囲気によくあった、優しい声だ。
「大きく関係があるわ。端的に言うと、そのことについて・・・なのよ」
瑠美の顔を正面から見て由美が答える。瑠美の横に座っていた聡奈がゆっくりと立ち上がり、由美のところまで来て座り込んだ。
「一体、何があったの?」
由美の顔を覗き込むようにして聡奈が尋ねる。
「それは・・・・」
嫌な記憶がよみがえる。親友が惨殺される瞬間。不気味な空気を漂わせる・・・ハンニャ。それらの光景がフラッシュバックのように由美の頭をよぎったが、意をけっして聡奈の問に答えようとした時、どこかで何かが弾けるような音が聞こえたような気がした。雪人をみると、雪人も頭をあげ、しきりに音の聞こえてきた方向を探っているようだった。直後、同じような音が連打されるのを聞いた。・・・間違いない。銃声だ。
「みんな荷物を持て!走るぞ!」
個人がそれぞれの荷物を担ぐと、一斉に走り出す。道路を横ぎり、木々の間をすり抜け、時につまづきそうになりながら5人は走った。どれぐらい走ったのかはわからない。先頭を颯爽と走り行く雪人を、ひたすら追った。瑠美と由美は体力がなくなったのか、途中でスピードが大きく落ちていたが、聡奈は哲志と同じぐらいの速さで走り続けていた。彼女もまた、雪人と同様足が速い。哲志も負けじと走ったが、雪人にはどうしても追いつけない。さすがだなぁ・・・と思いながら哲志は走り続けた。しばらく走った後、数十メートル先で雪人が立ち止まった。愛用のトンファーを構える。その様子を見ながら哲志も左手に持った棒に力を入れ、右肩にかけていたウージーSMGを右手に持ち、強く握りしめる。その横で聡奈もちゃらちゃらと手首を鳴らしながら拳を握って構えている。哲志が雪人の横にたどり着いた時、雪人の目の前に立ちはだかっていた者の正体を知った。すっかり真っ赤に染まった面。角が飛び出し、牙、耳が鋭くとがっている。刀とナタを手に構え、大きく身体をそっている。
「げ・・・あの時のハンニャ!!?」
哲志がしかめ面をすると、雪人は哲志の顔をチラリと一瞥して聞いた。
「・・・アイツを知っているのかい?」
「知ってるも何も・・・アイツとは一度戦ったよ。結果は敗走。アイツ・・・痛みを感じてないみてぇでさ。・・・厄介だよマジで」
「そうか・・・」
雪人がハンニャの様子を伺いながら短く返事する。
「・・・・ハンニャ・・・」
いつの間に到着したのか、由美が肩で息をしながらうめくように言った。かつて見たことないほど、由美は怒りを表面化していた。
「あんただけは許さない。絶対に私が・・・殺す!」
そう言い放つと由美はソーコムMk23を抜き、一気に引き金を引く。10メートルほど距離はあったが、構わず乱射する。すぐさまハンニャは持っているナタを地面につきたて、盾のようにしていた。・・・構わない。相手がどんな格好をしていようとも。私はただ・・・撃つのみ。
「よせ!あのナタ、意外と厚いみたいだ!この距離じゃ威力が落ちてとてもじゃないけど貫通は望めない!」
雪人に手を抑えられて、乱射を止める。なるほど、表面は凸凹になっているが、確かに貫通したようには見えない。それに距離もあったため、半分は外してしまったようだった。
「グフ・・・グフフ・・・チガ・・・チガァァァァァァヴ!」
ハンニャが大きく前方へと跳躍する。正面にいる哲志に殴りかかるようにナタを振り下ろす。そのナタの攻撃方向を棒でわずかにずらしながら回避し、ウージーを撃ち込む。弾は左足の太ももに命中していたはずであったが・・・まるで通じていない。
「グフフ・・・違ウ違ウ・・・チガァーー・・・」
ハンニャのオタケビにも似た叫び。それは故意に発した物ではなかった。雪人がハンニャの背後から強烈なとび蹴りを入れていた。5メートル前後、ハンニャの身体が地面を転がるようにして吹き飛ばされる。しかし、上半身を横に大きく揺らしながらゆっくりと立ち上がる。ハンニャは標的を変えただけでまるで動じていなかった。
「ハハ・・・普通ならアレで背骨折れて動けなくなってるんだけどなぁ」
雪人が、まいったな・・・、といった様子で小さくうめく。突然、ハンニャが大きく振りかぶり、前方へと体重を移動させた。と、思うと、大きく、重たいナタが回転しながら飛んできた。恐ろしいほどの速さ。さすがに秀也の投げるナイフほどの速さではないが、重みのある分、当たってしまうと驚異的な破壊力であろう。
「うぉぉっ!?」
突然の攻撃に哲志も思わず声をあげる。しかし、そのナタは哲志の横を通り過ぎていった。特に理由はなかったのだが、そのナタの動きに誘われるように視線を後ろへと向ける。その光景がスローモーションのような感じで哲志の目に飛び込んできた。ナタの飛んでいった先・・・そこには・・・由美がいた。ナタが音もなく由美の左肩の肩口に食い込み、そのまま身体を縦断する。左肩から大きく肉が裂け、鮮血をまき散らす。血の吹き出す音だけが虚しく耳に届いてきた。
「あ・・ぐ・・・」
なにか言おうとしたのか、口をぱくぱくさせたかと思うと由美はそのまま崩れ落ちた。
「キ・・・キャァァァァァ」
由美のほとんど真横にいた瑠美がその光景を見とどけてから悲鳴をあげた。由美が倒れるまで、彼女には何が起きたのかわからなかったのだろう。千鳥足で今にも倒れそうな・・・そんな感じで瑠美が由美に近づき、崩れるように座り込む。
「ダメ!ダメだよ由美!けりをつけなきゃいけない事があるって言ったじゃない!」
半ば叫ぶようにして由美に呼びかける。
「ぐ・・・う・・・アイツを・・・殺して・・・アイ・・・ツが・・・彩を・・・」
由美の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。瑠美は胸の奥をしめつけられるような思いを感じながら、小さくうなずいた。瑠美の目にも涙が浮かんでいた。
「大丈夫。私たちが絶対に倒すから・・・」
震えそうになる声を必死に抑制しながら瑠美が優しく言う。由美が一度だけフっと微笑むと、震える唇をわずかに開いた。
「私・・・ね、夢・・見たの。彩が・・・窓から落ちる・・・夢。先にはハンニャが・・・いて・・・私、手・・伸ばして・・・届いたんだ。・・・きっとね、私、彩を・・・助けられたんじゃないかって・・・思うの。手・・・届いて・・・助けられたはず・・・なのに・・・なのにさ、ハンニャが・・・来た時も・・・わた・・しは・・・ずっと・・・隠れてて・・・」
由美の目から涙があふれる。大粒の涙がとめどなく。その間も由美の肩口からは赤い、というよりは黒に近い色の血が流れ出していた。
「・・・あと・・・頼んだよ」
由美がゆっくりとまぶたを閉じる。瑠美は何も言わなかった。なにか言おうとしても唇が震えてしまって何も言えないだろうが・・・。由美の右手からソーコムMk23をそっと取ると、ワルサーP38を左手に、ソーコムMk23を右手に持ってゆっくりと立ち上がった。
「絶対に・・・私たちが・・・」
袖で涙をぬぐいながら、ハンニャの方に向き直る。哲志と雪人がハンニャと格闘している。ハンニャの刀による攻撃を雪人がトンファーで受け止めると、背後から哲志が思いっきり棒で殴りかかる。その棒をハンニャが回避し、二人と距離を置く。聡奈はその様子をじっと見ていた。何かを狙うように隙をうかがっているようだった。雪人はトンファーによる攻撃を打ち込みたくとも打ち込めず、常にガードのために使った。トンファーには連続技もあるが、痛みを感じないのであれば素手でトンファーを掴むことも可能。つまり、一度つかまってしまうともう一方の手に握られているギラついた刀の餌食になってしまう。それにこの状況下であれば、蹴りの方が有効であると、雪人は判断していたのだ。絶えず肉弾戦を繰り返す二人に、瑠美は精一杯大声を出した。
「二人とも、どいてぇぇぇぇぇ」
瑠美が叫び、走り出す。両手の銃の引き金をしぼりながら。哲志と雪人はハンニャの方を向いたまま後ろへと跳びずさった。
「グガァァァァァァァァ!!」
撃ちこまれ続ける銃弾をものともせず、ハンニャは瑠美めがけて走り出す。瑠美の撃つ弾はハンニャにかすりもしていなかった。感情が先行しすぎて、しっかり照準があっていないのだろう。瑠美の2メートルほど手前に来た時、ハンニャは刀を思いっきり振りぬいた。「やらすかよ!」
哲志が棒で刀による一閃を防御する。瑠美の撃つ弾に当たらないように、深く腰をかがめ、腕の力だけで受け止めた。ギィン、という金属音とともに刀が半分あたりから折れ、吹き飛ぶ。
「瑠美、いまだ!撃てぇぇぇ!」
「わかった!」
哲志が叫び、瑠美が応える。と、ともに引き金を再びひいた。ワルサーP38が火を噴き、ハンニャの肩に命中する。ソーコムMk23は弾切れになったようで、ガチン、と虚しい音と振動だけが手に伝わってきた。だが・・・十分。ワルサーも方も引き金を2回しぼった所で弾切れになってしまったが。二発とも顔に命中した。ハンニャが後方へと吹き飛ばされ、地面に伏せるように倒れる。ハンニャの面は口の部分だけが破壊されたようで、牙のついた破片がハンニャの近くに飛び散っていた。
「や、やったか?」
哲志が顔をゆがめながら言うと、雪人が近づきハンニャを蹴り上げる。仰向けになったハンニャを見て、哲志は口の周りを手で覆った。口からあふれ出ている血に染まった泡を見て、吐き気を催したからだ。
「やった・・・みたいだな」
ふう、と雪人が息を吐き出す。ハンニャの目をじっと見つめながら、哲志達の方へと移動する。
「グゥオォォォオォォォオオオオオ」
その時だった。ハンニャの身体が一瞬動いたかと思うと、素早く立ち上がり雪人に斬りつけた。オタケビとともに繰り出される一撃。半ば後ろを向いていたため、反応が一瞬遅れたのが致命的だった。折れた刀が雪人の肩口に食い込み、背中を大きく引き裂く。そのまま転がるようにしてハンニャはナタを拾い上げた。そのハンニャから雪人が距離をおく。
「う・・・ぐぅ・・・」
思わず左手のトンファーを落とした。その鮮血をまき散らす左肩を右手で抑えながら、ハンニャを睨みつける。
「哲志!銃・・・用意しとけよ!」
「OK!任せろ!」
ハンニャを睨みつけたまま雪人が叫ぶ。一度チラリと聡奈に目配し、ゆっくりと左肩から手を離した。
「行くぞハンニャ!」
雪人が咆哮しながら片手だけになったトンファーを構える。手に添える形ではなく、手よりも先に伸ばしている感じでもっている。哲志も初めてみる形だった。
「うォォォォォォォォォォォ!」
雪人が走り出す。それとほぼ同時に刀を投げ捨て、両手でナタを構えるとハンニャも走り出した。
「グガァァァァァッ」
二人の距離がどんどん縮まる。そして、二人が交差しようという時に雪人がわずかに左にずれた。雪人の後ろからは少し太めのワイヤーが伸びてきていた。先に十字架のような銀色の重りのついたワイヤー。黒いワイヤーだったことと、太いとはいえ、直径2ミリ前後だったためにほとんど見えなかったが、聡奈によるものだと哲志はすぐにわかった。ハンニャはそのワイヤーが見えていたのだろう。なんなく右へと回避する。そのハンニャのわき腹に雪人が強烈な蹴りを入れる。サッカーのボレーシュートを思わせるような蹴りかた。5メートル以上離れている哲志達にもハンニャの骨が軋む音が聞こえてきそうだった。
「くらえっ!」
雪人が黒いワイヤーにトンファーをぶつける。そのトンファーに一回りだけワイヤーが巻きつき、回避されたと思われたワイヤーが右へと方向を変える。遠心力を利用した攻撃・・・哲志はこの時初めて、雪人がトンファーも持ち方を変えた理由がわかった。全部このためだったのだ。・・・ということは、自分が成すべき事は――――。棒を左手、ウージーを右手に持った状態でハンニャに駆け寄る。ワイヤーが身体に巻きつき、動きを封じられてしまったハンニャが哲志を睨みつける。
「グガァァァァァァァァァッ!」
大きく開いた口から血の混ざったヨダレをたらし、哲志を牽制するように叫ぶハンニャ。その様子を冷ややかな目で一瞬だけ見ると、哲志は銃を構えた。
「いい加減死んどけ!このぉぉぉぉ!」
力いっぱい引き金をひく。普通に引くのと何ら変わりはない。ようは気持ちの問題なのだ。やる気のないクラスメイトを次々と襲った悪魔。理性のかけらすらも感じさせない怪物。そのみんなの仇をとる様な・・・そんな心持ちで引き金をひいた。バラララララッという音が続く。フルオートでの攻撃はウージーが弾切れになるまで続いた。常にビクビクと痙攣を起こすように動くハンニャ。血を出し尽くしたのだろうか、いつしかその身体から血も飛び出さないようになっていた。腹、胸、頭部、と撃つ場所を少しずつ変えていく。銃弾が首のど真ん中に命中し、アゴに当たり、鼻に当たり・・・そして、ついにウージーが弾切れを起こした。カンカンカンと、虚しい音だけが響く。・・・と、ハンニャの面の左目の部分に亀裂が走り、パキ、と小さな音を立てて面が壊れた。そのあらわになった左目は、すでに白目をむき、死んでいるかのように見えた。しかし、ノドが潰れたからであろう、ヒュー、ヒュー、と音を立てて呼吸をする音が聞こえてきた。
「チィ!」
哲志がウージーを投げ捨て、棒で思いっきり頭を殴りつける。ゴキッ、と首の折れる嫌な音が聞こえた。突如、力なくハンニャの右腕が上がり、振り下ろされる。その手にはナタがしっかりと握られ、その振り下ろされた先には雪人がいた。座り込んでいたこと、持っているトンファーにワイヤーがまきついていたことなど、悪条件が重なっていたため、雪人は動く事ができなかった。ただ、顔をゆがめ、思いっきりハンニャの顔を睨みつけるだけだった。
「ユキィィィ!」
聡奈がワイヤーを飛ばし、雪人の身体に巻きつけて思いっきりひいた。しかし・・・びくともしなかった。そして、すでに手遅れだった。雪人は成す術もなく、由美と同じように左肩を縦断され、倒れこんだ。持っていたトンファーを落とし、その無事だった右腕を使って仰向けになり、目を大きく開いた。
「哲志、聡奈、瑠美!・・・後は・・・頼んだぞ!」
雪人が力の限り叫ぶ。ゴホ、と咳き込むと同時に、真っ赤な血を噴出し、そのまま顔がわずかに横へ傾いた。
「クソォ・・・クソォォォォォォォォ!!」
哲志がハンニャの胸を蹴りつける。ハンニャが倒れるのを確認し、ポケットから古ぼけたメガネを取り出し、急いでかける。所々色落ちした、青いフレームのメガネ。そのメガネを通して、ゆっくりと立ち上がるハンニャを睨みつけた。
「哲志君!私がワイヤーで援護するわ!そんな奴・・・ボコボコにしちゃって!」
聡奈が叫ぶ。わずかに声が上ずっていた。雪人の死を必死でこらえているのがよくわかった。哲志が横目でチラリと聡奈を見て、つぶやくように言った。
「哲志じゃねぇ・・・」
「・・・え?」
哲志の突然の発言に聡奈は耳を疑った。近くにいた瑠美も半ば口を開き、首をかしげている。
「俺は――――恭介だ!」
突然哲志が走り出す。だるそうな感じでゆっくりと起き上がるハンニャに右手に持った棒を振り下ろす。
「イィィィィヤッハァァァァァ!」
甲高い哲志のオタケビとともに棒がハンニャの脳天に直撃したかと思うと、そのまま持っている部分で白目をむいた左目を押しつぶす。
「―――――――――――――っ!?」
声にならないハンニャを尻目に、哲志がハンニャに回し蹴りを放つ。哲志の強烈なかかとがハンニャのわき腹に入り、ハンニャの身体が大きく吹き飛ばされた。
「哲志・・・君?」
呆然としながら瑠美が哲志に尋ねた。その瑠美を怒ったような様子で哲志が睨みつける。
鋭い眼光に瑠美は一瞬、鳥肌が立ったのを感じた。
「だから俺は哲志じゃねぇ。恭介だっつってんだろうが。・・・まぁいい。哲志が説明してくれるさ。二人は荷物をまとめてろ。コイツは俺が片付ける!」
視線を瑠美からハンニャに戻す。のそのそと立ち上がるハンニャ。左目からは黄色いような透明のような・・・ドロドロとした液体が垂れ流されていた。
「まだまだ・・・これからだぜ!?オラァ!」
だらしなく開かれた口を無理矢理閉じさせるようにあごに膝蹴りを入れる。バキバキ、という音が鳴ったと思うと、どこの部分かわからないほどに砕けた歯が幾つもこぼれ落ちた。
棒を左手に持ち替え、右手でハンニャの頭の左側をぶん殴る。と、直後にハンニャの頭に突き立てるように棒で攻撃する。またも吹き飛ばされ、地に伏せるハンニャ。しかし、またもゆっくりと立ち上がる。その両足は痙攣を起こしたようにガクガクと振るえていた。
「くたばれ!」
棒を右手に持ち、回転しながら棒をハンニャの顔に打ち付ける。その回転は円盤投げのような回転で、最大限に力の入ったものであった。一際大きな打撃音が鳴り響いたかと思うと、ハンニャの面が完全に砕けた。仰向けに倒れたハンニャは、ビク、ビクとわずかに痙攣を起こしていた。・・・が、すぐにそれも止まった。
「クソ野郎が・・・」
そう吐き捨てるように言いながら哲志がハンニャの面をかぶっていた男を睨みつけた。哲志にボコボコに殴られた事と、面が皮膚の表面ごとちぎれた事で、一体誰であったのか、判断できない状態だった。ふと、ハンニャの面であった一部が目に入り、拾い上げる。
「これは・・・?」
思っていたよりも、ハンニャの面の内側はサラサラしていた。思いっきり息を吸い込めばその粉のような表面を吸い込んでしまいそうなぐらいに。一見、ただの白や黄色の粉だったが、どこかひっかかる。
「おい、コレ・・・なんだと思う?」
聡奈に歩み寄り、哲志が破片を差し出しながら尋ねる。見た目はいつもと変わらないが、その眼はいつもと全然違う。鋭く研ぎ澄まされた目。そしてそのまとっている雰囲気が違っていた。いつもよりも髪が逆立っているようにも見える。どこか少し、抵抗があったが聡奈はその破片を受けとり、内側の表面を見た。最初はただの粉、だと思っていたが、よくよく見るとどこかで何度も見た・・・いや、見せられたことのあるものだと気づいた。わずかに匂ってくる、何度もかがされたなつかしいクスリの香り。その香りが鼻腔を突き刺し、やがてそれが何のクスリであったのかを思い出した。聡奈の表情がゆがみ、悲鳴にも似た声をあげた。そう、このクスリは―――。
「こ、このクスリって・・・カタストロフィとして養育された時に見た事があるよ!たしかこの黄色い粒は・・・濃縮ウラン!これって・・・、強い放射能を持ってたはず!それに・・・この白い粉だって!大麻に覚せい剤・・・モルヒネも入ってるわ!こんなもの吸い込んだら・・・」
その説明じみた聡奈の言葉を、聞き流すような感じで聞きながら哲志がハンニャの面をかぶっていた男に視線を落とした。
「フン。哲志は呪いかなんかだと思っていたようだが・・・やっぱり違ったか。政府のクソ野郎どもがまたわけのわからねェ物を作ったってことかい。こんなもの作ってなにすんだか」
苦笑するように哲志が言うと、瑠美と聡奈がはっと気づいたように顔を見合わせた。今哲志は『哲志は呪いかなんかだと・・・』と言った。なぜだろう?目の前にいるのは哲志。しかし・・・哲志は他人である、かのような哲志の口調。その事が二人とも理解できなかった。二人の様子を見た哲志が、ゆっくりとした動きでメガネを外す。
「・・・ふぅ」
哲志が目を閉じたまま、小さく息を吐き出す。静かに哲志が目をあけると、聡奈と瑠美が食い入るように自分を見ていることに気がついた。
「あ〜・・・」
哲志が困ったように頭をかき、視線を地面に落とす。少しの間、地面を見つめた後、二人の顔を見て、はっきりと言った。
「・・・俺、二重人格なんだよネ」
「に、二重人格!?」
「マ、マジでぇぇ!?それ今まで隠してたの?」
二人の驚きあきれるような顔を見て哲志は口の端を釣り上げて苦笑した。
「本当はもっと早く言わなきゃいけなかったかもしんないけど・・・何か恐くてさ。・・・ま、いいじゃん?こうして二人とも――――」
続けようとした時、聡奈の右手が哲志の頬を力いっぱいはたいていた。
「よくなんか・・・ないよ。もっと早く言ってくれれば、雪人だって・・・由美だって死ななかったかもしれないのに・・・」
涙をうかべて聡奈が言った。どう答えていいのか分からず、地面をみたり、頭をかいたり、首を横に振ったりして、哲志が口を開いた。
「・・・ゴメン」
「・・・ゴメンネ。別に哲志君のせいじゃないのに・・・哲志君のせいみたいに言って・・・今さらこんなこと言ったって遅いし・・・無駄だってわかってるけど・・・」
聡奈が哲志と同じように地面を見つめながら言った。そばにいた瑠美が由美のほうへと歩み寄り、隣りにしゃがみこんで小さく言った。
「由美、やったよ。私たち、仇取ったからね」
瑠美が微笑みながら言った。その目の端にうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
「これからどうす――――」
哲志が言葉を続けようとした時、どこか遠くでものすごい爆音が聞こえてきた。三人は顔を見合わせる。
「これは・・・病院から上の方に行った徹たちの方なんじゃねぇのか!?」
「多分そうよ!」
「絵理・・・」
瑠美もゆっくりと立ち上がり、音のしたであろう方向をみた。
「・・・・行こう!」
哲志の言葉に二人が頷く。一気に駆け出す三人を、三つの亡骸がしずかに見送っていた。



浪花由美(女子6番)
東山志郎(男子10番)
緋村雪人(カタストロフィ)死亡【残り4人+5人】

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