渡雅常(男子20番)は神社の社の入り口に座り、傷の手当てをしていた。林道義彦(男子19番)に撃たれた傷は意外と致命的なものだった。左腕のひじの部分よりも少し上の部分を正確に貫き、ほとんど左手には力が入らない。とめどなく流れ出る血も止まらず、雅常はわずかに焦りを覚えた。
「まずいことになったな・・・利き腕じゃないだけまだいいか。けど、血が・・・血が止まらねぇよ・・・くそぉ・・・」
うっすらと涙を浮かべ、思いっきり左腕を右腕で締めつける。それでも血は止まらなかった。どうやら骨を貫通したらしい。ふいに、前方で倒れている川藤伸二(男子四番)が目に映った。フライパンで頭を砕かれ、即死したらしい。その死体と化した川藤を見て、雅常の中に一つの疑問が生まれた。それは自分がしてきたことについてである。
『自分がしてきたことは本当に正しかったのだろうか。結局自分も死ぬ運命にあるのかもしれない。だったら、自分が優勝するための足がかりとして殺してきたクラスメイト達は、無意味に死んだのではなかろうか?もし、自分が殺さなかったらもっと生きていられたのでは・・・。俺は取り返しのつかないことを・・・?』
・・・と。しかし、悔やんでいても仕方がない。
「・・・過ぎたことだ。今に集中しなきゃ・・・止血・・・そう、止血しなきゃ」
自分の考えを否定するように慌てた様子でミネラルウォーターをつかみ、勢いよく腕に降りかける。痛みで感覚が麻痺しているためか、『冷たい』とさえ感じなかった。
「ん・・・?この音は・・・?」
突然、遠く・・・いや、付近でバイクが走る音が聞こえたような気がした。族車のように派手な音をたてながら走行する音。
プァァァァァァァァァ
「!!・・・気のせいじゃない!近くにいる!」
ミネラルウォーターを放り投げ、腰にさしていたCz75を抜き、おもむろに立ち上がる。その時だった。右手に持ったCz75が突然前方へと吹き飛ばされた。吹き飛ばされたかと思うと、今度は右腕が意志とは無関係に持ち上げられる。真っ赤な鮮血が飛び散り、やがて右腕も左腕同様、だらりと力なく垂れ下がった。
「くぅ・・・」
小さくうめきながら後を振り返ると、白く、長いコートに身を包み、頭にバンダナを巻いた男が一人立っていた。長く伸びた髪からは右目だけが覗き、恐ろしいまでの殺意がやどっている。その右手には銃が握られ、うっすらとその銃口から白い煙が立ち昇っていた。
「て、テメェは・・・?」
目の前の男を睨みつけながら雅常が唸るように問いかける。
「・・・天使♪」
口の端を小さく釣り上げて目の前の男が言った。と、同時に男の持つ銃が火を噴く。その銃から吐き出された弾はまたも雅常の右腕を捕らえていた。ヒジの辺りにいささか衝撃があったかと思うと、どす黒い血をまき散らしながらヒジから下が吹き飛んだ。その吹き飛んだ腕を顔をゆがめながら雅常が見る。自分の腕を遠目に見るのが、こんなに嫌な事だとは思ってもいなかった。
「うぐ・・・うわぁぁぁぁぁ」
その腕を見、少し遅れてから絶叫を上げる。
「クク・・・知らないまま死ぬのも何だろう?少し、教えてやるよ。さっきからお前が聞いていたバイクの音は、ただの囮だ。すぐ近くに停めてあるぜ」
「ば、バカな・・・あの音はあっちから聞こえてきたぞ?後ろじゃない!」
北の方に目配せしながら雅常が言った。そう、一度音が消えたかと思うと、もう一度大きな音が聞こえたのだ。その音と真逆から出てくるなんてありえない。
「別に・・・そんなのどうにでもなる。ちょっと頭を使えば誰だってできる」
あきれたような口調で『天使』を名乗る男は言った。
「い、嫌だ・・・死にたくない・・・」
大きな涙が雅常の頬を伝った。首を必死に横に振る。大量の血を流しすぎたためであろう、顔は青くなっている。唇に至っては紫に近く、すでに生気は感じられなかった。
「俺が一番嫌いなのは・・・醜いやつなのでな」
『天使』はそれだけ言うと、銃を雅常の頭に合わせ、軽く引き金をひいた。吐き出された弾丸は雅常の頭部に吸い込まれるようにして消えていった。直後、スローモーションのように後へと倒れる。雅常の顔は恐怖に歪んだまま硬直していた。
「ふぅ」
小さく息を吐き出すと、血まみれになって倒れている雅常を踏みつけ、Cz75を回収する。拾い上げたCz75をコートのポケットに押し込むと、代わりに携帯を取り出し、電源を入れる。電源を入れると、うっすらとこの島の地図が浮き出てきた。この携帯で地図を見るのは2度目であるが、1度目の時よりも大分画面が薄くなっているような気がした。・・・バッテリーがなくなってきているのだ。
「チッ・・・もうバッテリー切れか。バッテリー補充せずに持ってきたのは失敗だったか。・・・ん?」
よく見ると、赤く点滅する点が5つ、北上してきていた。ゆっくりではあるが、間違いなく近づいてきている。
「・・・5人か。メンバー・・・か?まぁ、殺しに行けば分かるか。ククク・・・」
携帯の電話を切りながらつぶやく。ウージーを肩にかけなおすと神社をあとにする。すぐ近くで愛車が唸りをあげて待っていた。アクセルから何十にも巻かれた糸を取り外し、目だたなそうな草むらに投げ捨てる。その糸の先にはどでかい石がついていた。
「単に重りをぶら下げてアクセルふかしただけ・・・あとはそれを時限式にする・・・そんな事も今の中学生は思いつかねぇ・・・クズが」
愛車にまたがり、ウージーのマガジンを取り出す。ポケットから多量の弾を取り出し、ウージーから取り出したばかりのマガジンにつめると、またそのマガジンをウージーに押し込む。ウージーを左肩にかけ、右手で髪をかきあげる。
「・・・X方向へ20、Z方向へ6450か・・・」
口元だけで言うと、右手を下ろす。
「ククク・・・こんなに楽しいのは久しぶりだ・・・待ってろよ・・・ハハハ・・・ハハハハハハハハッ」
狂ったように伸二が笑う。ひとしきり笑うと、再び眼に殺意をやどらせる。その形相は『天使』ではなく、間違いなく『悪魔』そのものであった。



渡雅常(男子20番)死亡【残り7人+6人】

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