「ったく・・・こんなもの・・・置いてくれば・・・良かった・・・」
日が昇り、一日が始まる。今日もまた、殺し合い。もう少しで終わる、そう思った時にさらに追加メンバー。しかもまた凶悪そうなやつのようだ。さすがに疲労、ストレス共に限界が近く、気が滅入る。
「ナタ何て・・・あぁもう!ここに置いて行こうかなぁ・・・」
デイバッグに収めたナタが異様に重く感じる。まだ日が昇ったばかりで、比較的涼しいはずなのに矢乃由美の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「ったくさぁ、なんで私が他の生徒と同じ条件でやらなきゃいけないのよ。ふざけんなって感じぃ」
ブツブツと絶え間なく口をついて文句が出る。自分の親は政府直属で働いている。いや、自分の親、ではないか。もう一人の『矢乃由美』の親だ。
「フン・・・政府に親を持つ、というのも考えものだな。まぁおかげで私は・・・フフフ」
今まで顔をしかめ、文句ばかり言っていたのが狂気じみた笑みに変わる。容姿、基本的な性格、クセ、記憶、運動能力・・・それらが全く同じな二人組み。違うとすれば、育ってきた環境。ここに実在する矢乃由美もまた、本物の『矢乃由美』なのだ。ふと、左腕の手首が目に入る。普段は時計で隠れているが、今は時計を外しているためにそれが見える。
「・・・クローンNo102445・・・か・・・」
少し、悲しい気分になる。そう、自分はクローン。それでもちゃんと感情はある。それこそ、もう一人の矢乃由美なのだから。そしてこのプログラムでは、矢乃由美が二人いては不自然だ、ということがあり、初期のメンバーには数えられていなかったのだ。つまり、自分の首についている首輪は・・・フェイク。爆発もしなければ、盗聴される事もない。スタート時は同じ条件、であったが、時間がたつと共に自分にとって有利になる・・・はずであった。西山という男が入ってくるまでは。
「ちょっと計画がずれたが・・・まぁいい。本物の矢乃由美は死んだ。これで私が優勝すれば・・・自由になれる・・・やっと・・・自由」
意味もなく笑みが浮かぶ。一度、空を見上げる。汗だくではあったが、すがすがしい気分だ。
「ナタは持っていこう。そう、もう少しなんだから。私が自由になれるまでもう少しなんだから・・・」
両手でデイバッグをにぎり、わずかにふらつきながら歩き出す。もう、本物の矢乃由美の記憶は薄れつつある。プログラム開始時は『矢乃由美』の記憶に支配され、感情のまま動いていたが・・・今は違う。今は『自分』というものを確立している。間違いなく、これは私だ。
「・・・!・・・由美!?・・・アレ?確か・・・」
草むらの中から、突如人が飛び出してきて、小さくうめく。後半になって、自分が有利になる点は首輪の他にもう一つあった。死んだはずの人間が突然目の前に現われる。それは相手を一瞬だが戸惑わせる事ができる・・・つまり、先制攻撃をとれる確率が大きいという事だ。実際、目の前に飛び出してきた弓木光(男子17番)も戸惑っているようだ。
「確か由美って死んだんじゃ・・・」
光が首をかしげる。光の腰には刀がぶらさがっていた。すーっと左手が腰にぶら下げた刀の柄に触れる。
「ちょっと待って、光君。私は思ったの。このゲームは個人で戦うよりも誰かと協力して戦った方が圧倒的に有利だって」
荷物をその場に置きながら由美が言う。
「・・・だから、俺に協力しろと?条件次第だな」
刀を光が抜き放つ。木々の隙間から漏れるわずかな朝日が、その銀色の刃を照らし出す。水面に反射した太陽光に、その銀色の刃はよく似ていた。
「・・・そうね。さっきの放送は聞いたでしょ?首輪の爆発の心配はなくなった」
『私の首輪は元々爆発しないけど』そう思いながらも話を続ける。
「と、すると、『戦わなければならない』という選択だけじゃなくなった・・・選択肢はいくつにも増えたのよ」
「・・・それで?」
光は刀を右手に持ち、左手を腰に当てて楽な体勢をとっている。しかし、眼だけは休んではいなかった。由美の動きを鋭い眼がとらえ続けている。
「・・・ここからはあなたの選択によるわ。とにかく、私が言いたいのはプログラム終了条件が『最後の1人まで殺しあう』だけではなったってことよ」
「・・・なるほど。まぁ、確かにそれはそうだな・・・条件は呑んでもいいぜ?だが・・・その前に教えてくれよ。あんたは何者だ?由美は死んだはずじゃ・・・」
刀を鞘に収めながら光が言う。この時初めて由美から視線を外した。彼は本当に手を組んでくれるらしい。
「・・・私は彼女のクローンよ。別に、大した事じゃないわ。彼女の父が政府の人間だったってだけよ。親なら娘の細胞の入手ぐらい簡単でしょ?髪の毛一本でもいいわけだから。そして、私・・・クローンを作ったのよ。何か・・・私は試作品だったらしいけど。多分私をこのプログラムに参加させたのも私を自然な形で消すからじゃないかしら?人間のクローン作成は無事成功・・・政府の人間が欲しかったのはその事実なのよ。だから、私は用なしってわけ。・・・けど、黙って死んでやるほど私も馬鹿じゃない。私は生きる。生きのびてやる。それが私を造って捨てたあいつ等への復習にもなるんだから・・・。途中から主旨変わっちゃったけどこれでいい?」
由美が苦笑しながら頭をかく。
「・・・十分だよ。じゃ、今日からよろしくな」
光が微笑む。しかし光は、心の中ではひどくショックをうけていた。俺はクラスメイトを殺したぞ?二人も・・・。あいつ等は死ぬ必要はなかったのか?じゃぁ、俺は無意味な殺人を・・・?
「さて・・・これからどうする?クラスメイトとは殺しあう必要はなくなったわけだが・・・絶対やる気のある奴は何人か残ってるはずだぞ?・・・多分だけど」
由美にゆっくりと歩み寄りながら話しかける。由美に出会う前までは自分もまだやる気だったのだ。やる気のある生徒が残っていても不思議じゃない。
「そうね・・・今朝入ってきた人もヤバイみたいだし・・・」
光が由美の横に並ぶ。自分が思っていたよりも光はずっと背が高かった。遠目に見た時は背は変わらないと思っていたのが、いざ隣に並んでみると10センチ以上の差がある。目を見て話そうとすれば、彼を見上げなければならないほどに。その光が由美の持っていた荷物に手を伸ばす。
「うぉ・・・結構重いな。こんな物持ち歩いてたのか。中には何が入ってんだ?」
「えぇ〜っと・・・デザート・イーグル(銃)と、ナタよ」
銃と・・・ナタ?武器が2つ・・・ってことは、彼女も一人殺したという事だろうか。光はそう思うと何だかホッとした。
「そっか。この刀・・・由美がもっときなよ。俺はこっちのナタ使うからさ。あ、銃は・・・」
「光君が持ってていいよ。私にはちょっと大きいし」
由美が微笑む。その顔を見た光がそっぽを向いた。意外と照れ屋らしい。今まで強気だったので、それとのギャップが大きくて笑える。だが、笑うのは心の中だけにしておいた。
「・・・で?どこに行くんだっけ?」
光はデザート・イーグルをデイバッグから取り出し、マガジンを抜き取った。弾が込められている事を確認し、ベルトに押し込む。銃が大きすぎたのか、なかなか入らなかった。無理矢理押し込んだため、ちょっとキツイ。それに構わず、デイバッグのジッパーを閉め、左手で担ぐ。由美は光から受け取った鞘に収められた刀を右手に持っていた。
「私は、ちょっと遠いけど病院に行こうと思ってたの。医療器具とか欲しいしね。どうする?病院に行く?」
二人はゆっくりと歩き始めた。身を隠すともなく、堂々と。
「そうだな・・・おそらく、由美と同じ考えの奴は沢山いる。医療器具の入手は、戦う事を前提に考えて・・・だろ?ってことは、病院付近にいるやつはやる気だってことだ。それを考えるとぉ〜、あんまり行きたくないな」
光が目を細めながら言った。確かにそう言われてみれば、そうだ。
「そこで俺からの提案。まずは、町に行こう。ここから・・・南にいけば町があったろう?その町で、トラップなんかを作ろうと思うんだ。で、トラップを作ったら分校の近くに仕掛けまくって、一気に政府のヤツ等を叩く!・・・どう?」
ちょっと面倒くさいが・・・悪くはない。このまま敵意むき出しの病院へ飛び込むのよりはよっぽどましな考えであろう。
「・・・そうね。じゃ、そうしましょう」
由美が再び微笑んだ。しかし今度は光はそっぽを向かなかった。由美に微笑み返す。由美はわずかに胸が高鳴ったような気がした。
「よし、そうと決まれば・・・」
右手で制服のポケットを探る。すぐにポケットから手が出てきて、その手にはヨレヨレになった地図が握られていた。その地図をバッっと一回振ると、きれいに地図が広がった。・・・それでもよれついているのには変わりないが。
「・・・ん?町よりも港の方が近いな・・・」
地図を見ながら光がつぶやく。・・・と言っても、周りに目印になりそうなものは何もない。おそらく、彼の感覚で場所を予測しているのだろう。その予測が由美の予測とほぼ同じであった事が、何だか嬉しかった。
「港だったら、釣り糸とか便利な物があるんじゃないの?」
由美首を傾けながら光に聞く。
「そだな。じゃ、予定変更。港に向かおう」
光が向きを90度変える。それに合わせて由美も方向を変えた。
「・・・作戦、成功するといいね」
由美が地面を向いたまま話しかける。思わず口元に笑みがこぼれた。彼と一緒に居るのが、何だか楽しい。こんな気持ちは初めてだった。
「・・・あぁ」
光が短く返事した。その目もまた、地面を見ていた・・・。

その頃、光たちが目指そうとしていた街では・・・怪物が一匹、標的がつかめないまま虚しく徘徊していた。



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