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 聞いた事はあった。なぜ、哲志がアパートで一人暮らしをしているのか。両親、兄弟のこととかも。保育園が同じで、小学校も同じ。はたまた中学校も・・・。聞いたのは中学に入ってからで、その時までは、気にかけたことさえもなかった。
「4年前・・・さ、兄貴が交通事故で死んだんだ。その直後だったよ。両親も交通事故で死んだのはさ。そりゃ・・・ショックだったけど、そのショックに気圧されてても何もできないじゃんか?だから俺、ずっと笑ってることにしたんだ」
何気ない返答。能天気で常に笑っている哲志。その過去はとても悲しいもので、どうして笑っていられるのかが不思議だった。この話をしてくれたときも哲志は笑っていた。若干10歳の小学生を襲った突然の悲劇。その悲哀に負けることなく絶え間なく笑ってきた、哲志。どんな状況に置かれたって笑って過ごしていける。結局、哲志の元に残ったのはその精神力と、両親の財産だけだった。今自分が、秀也たちみたいに『強く生きたい』そう思ったのも、もしかしたら身近な存在・・・哲志がそうであったからなのかもしれない。
そして今、その失ったはずの物の一つ、『兄』の生存が確認されつつある。もしかしたら、ただの同姓同名ってだけなのかもしれない。それでも出てきた、わずかな可能性。そして・・・呪われた運命。感動の再開のはずが、敵同士として殺しあう運命にある、悲しい運命。いや、もしかしたら、仲間になってくれるのかもしれない。そうだ、『カタストロフィ』のメンバーだったら、コンタクトが取りやすいかもしれない。絶望するには、まだ早過ぎる。これまで、常に悲しみと戦ってきた哲志。兄との再会ぐらい、感動的なものにしてやりたい。それには・・・周りの力が必要なのだ・・・。

『おい、徹!徹ってばぁ』
哲志に声をかけられ、ふと、我に帰る。・・・前にもこんなことあったよなぁ・・・確か、バスの中・・・。
「あ、あぁ・・・なんだったっけ?」
左の頬をかきながら聞き返す。ふぅ、とタメ息を秀也がつく。
「だ〜か〜ら、哲志の兄貴ってどんな人だと思うのか?って聞いたんだよ。俺は会ったことないし、哲志も覚えてないって言うから、徹が知ってるわけないとは思うけど・・・一応な」
「ハハハ・・・そりゃ知ってるわけないっしょ」
苦笑しながら徹が秀也の問に答える。
「・・・だろうな。まぁ元々当てにしてなかったし。それじゃ、作戦でも練りますかぁ」
・・・なら聞くな!!苦笑した顔のまま徹は思った。ったく・・・、この人は頭良いんだか悪いんだか・・・。
「・・・おそらく、あの人ならこの診療所には来るはずだ。医療器具なんか取りにな。その前にここから逃げるぞ。できるだけ、人が来た痕跡を残さないようにな」
人が来た痕跡を残さないようにねぇ・・・待てよ、でも・・・。
「外にある死体は?それに・・・飯食った後とかは?処理難しいんじゃ・・・」
徹が顔をしかめ、やや首を傾けながら聞く。難題を前にした時の徹のくせだ。
「そうだな・・・外の死体は自殺したように見せかけるか・・・いや、二人で殺し合いをしたように見せかけるか。食べた後は・・・がんばれ」
アバウトだなオイ。ま、まぁ〜〜〜何とかなるか。
「よし、じゃ、行き先は準備ができてから考えよう。俺と賢吾と雪人で外は何とかする。中はお前達に任せるぞ」
秀也が立ちながら言う。それを合図に、一緒に座っていた二人も立ち上がった。・・・活動開始だ。全員が入り口に向かって歩き出す。
「そうだ、出る前に自分達の荷物をまとめておこう。もし、今からの作戦の途中で誰かが来たら洒落にならん。メンバーは戦闘服に着替えておくんだ」
そう言いながら、秀也は重そうな荷物を聡奈と真奈美に渡し、軽量化した徹たちの荷物を雪人が哲志に渡す。聡奈の荷物はそうでもないが・・・真奈美の荷物はかなり重そうだ。聡奈の倍ぐらいの大きさだし。
「俺たちも着替えるぞ、雪人、賢吾。徹たちも、いつでも動けるようにしててくれよ」
「了ぉ〜解っス」
指を二本立て、敬礼のような感じで返事する。ドアをくぐり、206号室へと移動する。哲志も後からついてきた。いつでも動けるように・・・と秀也は言ったが、もうすでに軽量化は済んでいる。徹はとりあえず、シーツをきれいにする事にした。
「哲志、お前の方もシーツきれいにしといてくれよ」
シーツの端をピンと張りながら徹が言う。ちょっと間を置いてから哲志が聞き返した。
「・・・は?俺昨日は・・・いや今日か?ま、まぁとにかくここで寝てないはずじゃぁ・・・」
「あ〜、絵理さんが寝たんだよ。彼女達の部屋のベッドが足りなくってさ」
苦笑しながら徹が言う。すぐさま、尻に蹴られたような(実際蹴られたのだが)痛みが走った。そのまま布団の上にダイブする。
「・・・ってことは昨日は二人っきりで・・・くっそぉぉぉ」
本気で悔しそうな哲志の声。コ・・・コイツも・・・。
「いってぇぇ・・・」
尻をさすりながら立ち上がる。ふと、ドアが開くのが目に入った。・・・絵理と瑠美だ。後から由美がついてきていた。
「ホラ、彼女たち、着替えるからさ。私達もこっちで荷物整理しようと思って・・・」
瑠美が絵理と由美に目配せしながら言った。今まで顔をしかめていた哲志の顔がぱっと明るくなったような気が・・・したが、間違いないようだ。
「どうぞどうぞぉ〜。俺たちにはお構いなくぅ〜」
哲志が微笑み・・・いや、ニヤニヤしながら言った。彼女達はその場にしゃがみこむと瑠美のバッグを開き、服や文房具、小物なんかを取り出し、必要な物と不必要な物とに分別している。哲志は食い入るようにその様子を見ている。徹は絵理を見ていた。不意に、左の頬が痛んだような気がして、左手で左の頬を覆う。まだ少し熱いがもう大丈夫そうだ。その様子を見ていた絵理が怒ったような表情を浮かべたまま立ち上がった。
「だ、だからゴメンって!そ、それとホラ!あんたら二人はあっち向いてて!この中には瑠美の下着とかも入ってんだから!」
「ちょっ、何言ってんのよ絵理ぃ!」
隣りに座っている瑠美が赤面しながら絵理をぐいぐいと引っ張った。絵理がアハハと笑いながら座る。しぶしぶ徹は絵理たちのいる所と反対側を向いて座った。ったく・・・なら別の部屋でやれっての。ふと、横を見ると哲志が何かを期待した様子で彼女たちを見ていた。
「お前もこっち向けって!」
徹が哲志の頭をはたきながら無理矢理哲志の方向を変える。
「ちぇっ・・・いいよなぁ〜自分ばっかさぁ〜。昨日はあんな事やこんな事だって・・・」
「な、何もなかったっての!」
「ハイハイ・・・」
哲志がぼそぼそとつぶやいたことに間髪入れず徹のつっこみ。それを流すような感じで哲志がそっぽを向いた。
「だからぁ・・・本当に何もなかったんだって。俺すぐ寝たしさぁ」
「・・・本当に?」
哲志が横目で見ながら聞き返す。
「嘘ついてどうすんだよ」
苦笑しながら徹が言う。
「んなら良し!」
あ?良し?何が良いんだか・・・ま、まぁ〜それでこいつの機嫌が直るんならいっか。
「あ、もういいよぉ〜」
瑠美の声。徹と哲志が振り向くと、私服に着替えた三人の少女。由美は黒と白のしま模様の長袖に、黒いジャージ。横には赤いラインが3本ほど入っている。本当に普段着、といった感じだ。瑠美は白いシャツ。長袖なのだが、ヒジの辺りで一度切れ、ボタンか何かでつながっているようだ。中央付近の「GET TOGETHER」という赤い文字がすごく印象的だ。下はジーパンのようなのだがやはり膝のあたりで切れ、ボタンでつながっているようだ。絵理は黒いTシャツの上から少し長めだが、薄くて軽そうなの茶色のコート。おなかの部分には太めのベルトを巻き、下は普通のジーパン。ちょっと長いらしく、下の方で折り返していた。
「何で着替えて・・・着替えるの早いなオイ」
ひきつった顔で徹が言った。哲志がその横で唖然とした様子のままうなだれている。
「だ・・・ダメだ・・・」
哲志が小さく隣りでつぶやいた。
「スカート・・・誰もいねぇじゃん・・・」
「え?何?」
上手く聞き取れず、徹が哲志に聞き返す。隣りにいた徹でも聞き取れなかったのだ、彼女達は当然聞こえていないだろう。
「い、いや、なんでもないよ。それよかもう行こう!彼らももう準備できただろうしぃ〜」
哲志が苦笑しながら言った。
「そだな。荷物まとまったんなら行こうか」
徹がすぐに立ち上がり、ドアへと向かう。哲志と絵理が各々の荷物を持ちながら立ち上がる。それに続いて由美と瑠美も立った。ドアをくぐると、カタストロフィのメンバーは全員着替えを済ませ、壁に寄りかかるようにして立っていた。秀也は格好そのものは昨日と全く同じなのだが、腰にナイフを無数に束ねている。一体、どれくらいのナイフを持っているのだろう?雪人は昨日と何ら変わりはなかった。どうやら彼は常に戦闘服らしい。まぁ、切り込み隊長だって言ってたし・・・納得できるものがある。そしてその横には、賢吾が立っていた。防弾チョッキにショットガン、防弾チョッキの上にはどこかの軍隊の制服を思わせるデザインのチョッキを着ていた。そのチョッキにショットガン専用のバードシェルが幾つもついていた。ズボンにもなにやら色々とついている。かなりの重武装だ。しかし、賢吾の隣りに並ぶ真奈美も負けてはいない。手、そのものには何も持っていないが、上から下まで黒い皮ともビニールともつかない服で、胸、腰、太もも、左腕のところにハンドガン、右肩からはマシンガンをぶら下げている。さらに腹の部分に賢吾と同じバードシェル。近くにおいてある少し大きめの袋にはショットガンが入っているという事なのだろう。長い髪は後で束ねていた。強烈なインパクトを与える二人を見た後だからだろうか?聡奈の装備は貧相に見えた。上半身は黒いTシャツ。その上から、雪人とおそろいだろうか、黒い薄手のジャンパー。ただ、そのジャンパーは聡奈には少し大きいらしく、手全体が隠れていた。時々、数重に束ねられたワイヤーが数本見えて隠れしている。どうやらそのワイヤーは両手首についているらしい。下半身は膝のあたりまであるスパッツの上から、太ももの中央辺りまでしかない、短パンをはいていた。
「・・・戦闘服って全員共通じゃないんですね」
由美が全員の格好を見渡しながら言った。
「まぁな。これと・・・このブーツだけ共通なんだ」
秀也が右手と左足をわずかにあげる。なるほど、手には黒いビニール製で、指の真ん中ぐらいまでしかない手袋、いやグローブ・・・とでもいえばいいのだろうか。それと、黒いブーツ。確かに両方とも、メンバー全員が装着していた。
「これは、お前達で配分してくれ。・・・じゃ、また後でな」
コルト・ダブルイーグル、ワルサーP38、ソーコムMk23、H&K−USP(ヘッケラー&コック−USP・・・これは野原賢治(男子14番)から奪ったものだ)、ウージーSMG、そしてワルサーMPLに、哲志専用の棒。受け取ったデイバッグに詰められた銃の数々。自分の身は自分で守れ、ということらしい。
「・・・どうする?俺が配っていいか?」
徹が哲志、絵理、瑠美、由美を見ながら言う。みんなが小さく頷いた。
「OK、じゃ、哲志は・・・」
棒と一緒にウージーSMGを哲志に手渡した。
「絵理は・・・」
コルト・ダブルイーグルを手渡す。それを大事そうに絵理は受け取った。
「瑠美は、コレを」
ワルサーP38を渡す。真剣な顔で銃を見ながらおそるおそる受けとる。
「由美は・・・」
ソーコムMk23を手渡す。徹に微笑みながらその銃を受けとった。徹は残ったワルサーMPLを肩からぶら下げH&K−USPをベルトに押し込む。
「よし、じゃ、それぞれの部屋の片付けに行きますかぁ。205号室は絵理達で、俺と哲志は206号室を片付けよう」
再び全員が頷く。絵理、瑠美、由美の三人は205号室へと入っていった。それを見送ってから哲史と徹は206号室へと移動する。206号室は意外と片付いていた。シーツを伸ばして、窓を閉めれば終わりそうだ。
「哲志、そっちの2つ頼む。俺こっちするからさ」
部屋の左側を指差し、哲史を見た。哲志は何か、楽しそうな笑みを浮かべている。
「了解っス、隊長」
「な、なんだよ、それ」
「いやぁ〜〜だって何か徹、俺達のリーダー!って感じなんだもん」
「ハハ・・・ま、そんなことは気にしないで。作業にとりかかろうか」
手前のベッドのしわを伸ばしながら徹が言う。
『そうか?そんなにリーダー、って感じの事してるのか?俺は。まぁ〜それは置いといて、これからどうするんだろう?この病院を抜けたら、どこに行くのだろうか?どこへ逃げても戦わなきゃいけないのだから、あまり意味がないような・・・いや、罠でも仕掛けるのかな?それなら納得・・・。』
そういうことを考えている間に一枚目のシーツを伸ばし終えた。次に取り掛かる。
『それよりも問題は今度の追加・・・本当に哲志の兄さんなのかな?なら、何とかして仲間に・・・やっぱちょっと難しいか。それでも・・・やってみるしかないよなぁ』
「ふぅ」
訳もなくため息がもれる。二つ目のシーツを伸ばし終えた。窓は・・・鍵がかかっている。これ以上することはないようだ。哲史のほうを見ると、哲史もシーツのしわを伸ばし終えていた。
「よし、じゃ三人がいるとこに行こう。あそこは大変そうだからなぁ」
徹が苦笑しながら言うと、それに合わせて哲史も苦笑した。そう、民家から拝借してきたものがあそこには集結しているのだ。さて・・・どう片付けたものか・・・。二人が廊下に出て205号室へと歩み寄ると、絵理が鍋を抱えて廊下に出てきた。205号室の前にはガスコンロや幾つもの皿が並んでいる。その隙間に鍋を置く。
「一旦廊下に全部出そうか、ってことになって。それでよろしいでしょうか?隊長殿」
絵理が微笑みながら言った。
「だからぁ・・・別に隊長ってわけじゃ・・・」
その時だった。どこからか、『ザザザザザ・・・・』というノイズ音が聞こえたような気がした。急いで206号室へと戻る。
『ザザ・・・・ザザザザザ・・・』
ノイズ音の正体は放送であった。テレビの画面で砂嵐が起こっているような・・・そんな音。
『ザザザザ・・・ブッ』
突然、放送が途切れたような音が聞こえた。3人は顔を見合わせ、首をかしげる。分校で何かあったのだろうか?
『ブッ・・・』
再び放送がつながる音。徹はかすかに、沈黙が続いているはずの放送から、クスクスという笑い声を聞いたような気がした。



【残り10人+6人】

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