13




 暖かい日差しに身を包まれながら、窓から見慣れた風景を席に座ってぼーっと見ていた。窓際の一番後ろの席、それが自分の席だ。クラスメイト達がざわつき、笑い声や怒号が聞こえてくる。そんな中から人が近づいてくる気配を感じ、外にあった視線を、気配を感じた方へ移す。気配の主はすぐ横に来ていた。そこに立っていたのは藤堂彩(女子5番)。一番の友人、そう、『親友』というやつだ。その親友が微笑み、こちらを見ている。黒くて長めの髪を後で束ね、きつくゴムでしばっているのがよく似合い、それとは不釣合いなレンズの大きなメガネをかけている。普段はかけていないのだが、校内でだけは黒板の字が見えないためにかけているのだ。そんな彼女を見て、自分も微笑み返す。
「平和だねぇ」
彼女が言った。季節は春。そして時計の長針は1時をさしている。空気が和み、少しでも気を抜くとうたた寝してしまいそうな・・・。これを『平和』と呼ばずに何と呼ぶ?
「うん、ホラ、雲一つないんだよ」
空を見上げながら彩に、『空を見て』と催促する。透き通るような青空に、白とも黄色ともつかない太陽の光がまぶしい。
「本当だぁ〜、すごいねぇ〜。久しぶりにこんな青空見たような気がする〜」
彩が笑みを浮かべて感嘆する。彩が机の横から前へと移動し、窓の格子に手をかけながら軽く身を乗り出す。
「でもね・・・」
彩が空から視線を外し、下をうつむく。笑みが消え、彩がわずかに前かがみになったような気がした。
「今は、戦いの最中・・・なんだ」
彩が窓から落ちる。頭から・・・いや、腕から。誰かがひっぱったらしい。
「彩!ダメぇぇ!」
立ち上がり、叫びながら窓から見を乗り出し、手を伸ばすが・・・届かない。いや、届いてる。確実に触れている。そう、間に合った・・・しかし、つかむ事ができないのだ。精一杯伸ばした手が空を切るように彩の姿を通り抜ける。彩の右手をつかみ、窓から引きずり落としているのであろう、人影は見えた。灰色に、真紅。牙に角。虚ろな目に、とがった耳・・・ハンニャ。
「あなたは・・・強く生きて。生き延びて。それが私の・・・望みだから」
いやだ・・・いやだいやだいやだ!!否定するように首を振る。
「あ・・・・う・・・彩・・・う・・・うぅ・・・」
声にならない。もう、彩とハンニャの姿はなかった。地面へと、吸い込まれていったのだ。
ハンニャに引っぱられ、地獄へと誘われるようにして。もう、彼女とは会うことはできない。そう思った。誰にも咎められない、静かな確信。
「私が・・・仇をとるよ・・・彩。絶対に・・・」
涙を袖で拭う。拭っても拭ってもあふれてくる涙をこらえながらきつく唇をかむ。覚悟は・・・決まった。

意識が遠くなるような・・・そんな気がした。しかし、実際には意識が戻ったのだ。視界が少しずつ明るくなっていく。周りには気の知れたメンバー、とまでは行かなかったが、クラスメイトの見角絵理(女子10番)と渡橋瑠美(女子15番)と・・・知らない人が二人。え・・・?知らない人!?
「良かったぁ・・・由美、大丈夫?2時間ぐらい眠ってたんだよ」
「もぉ〜〜〜心配したんだからぁ」
絵理と瑠美が微笑みながら言う。
「ここは・・・どこ?他に誰がいるの!?彼女達は!?今何時!?」
意識がハッキリしてきた。・・・分からない事がたくさんある。そのせいか、いささか不安になる。
「ここは病院。時間はぁ・・・9時半を回ったところよ」
瑠美が時計を見ながら答える。瑠美の隣りに座ってい絵理が立ち、笑みを浮かべたままベッドを挟んで反対側に座っている二人の方へと移動する。
「こっちがぁ・・・聡奈ちゃん。で、こっちが真奈美さん。カタストロフィのメンバーの二人よ。・・・放送聞いたでしょ?」
理解できなかった。どうして?カタストロフィって・・・犯罪組織・・・のはず。なのに何で彼女達と一緒にいるの?
「え・・・ちょっと・・・あの・・・え?」
ただでさえ混乱状態だったのが、ますます混乱してしまう。
「あ、カタストロフィって悪い人たちじゃないのよ!何て言うかぁ・・・いい人!」
慌てた様子で絵理が説明した。が、説明になっていない。それは彼女自身がよくわかってるらしく、『何て言うか・・・』と小さくうめきながら困った表情を浮かべていた。
「アハ。大丈夫だよぉ。私達はその辺の犯罪組織とは違うから」
聡奈がからかうように笑いながら言った。真奈美も微笑みながら言う。
「そう、『カタストロフィ』っていうのはね、そもそも政府に育てられた子供達の集まりなのよ。本当は構成員とか合わせて100人弱のグループだったんだけど・・・やっぱり、『出来損ない』にあたる子とかもいてね。その子達が部下ってわけ。正確には、成績上位者達5人が『カタストロフィ』で、部下達を含めたグループ全体は『カタストロファー』。主な活動は、暴走族とかの取り締まり。ホラ、警察なんかじゃ手に負えないでしょう?だから、代わりに私達が使われるのよ。『法の裁き』じゃなくって『死に値する体罰』になっちゃうけどね」
「・・・はぁ」
分かったような・・・分からなかったような。悪い人達じゃないってのは分かったけど・・・そんないっぺんに説明されてもわからないって。
「そ、そうなの!?」
瑠美と絵理が驚いて尋ねた。
「そういえば・・・言ってなかったね」
聡奈が頭をかきながら苦笑する。
「じゃ、新しい仲間も加わったし、『カタストロファー』についての話でもしよっか」
聡奈が真奈美を見ながら「ネ?」と聞く。
「んー・・・好きにして。私はもう眠いから寝るわ。おやすみぃ」
『寝るの早っ!まだ9時半だよぉ!?』瑠美は声にならないツッコミを入れていた。真奈美は大きなアクビをしながら隣りのベッドに横たわった。布団をかぶり、今にも寝息が聞こえてきそうな・・・そんな状態。聡奈が苦笑しながら話を切り出す。
「んっとぉ・・・じゃ、初代リーダーの話からしようか。えっとねぇ〜・・・」

「初代総統は俺じゃないんだよ」
206号室。明かりはないが、雲に見え隠れする月の光が差し込み、部屋は『黒』というよりは、『青』に近い薄暗さ。そんな中で秀也が話をしている。雪人はもう眠っていた。賢吾は・・・さっき松島鈴乃(女子9番)が206号室めがけて撃った銃弾が秀也に当たりそうになったのをかばい、左肩を負傷してしまったそうで、その治療を一人でしていた。秀也が窓際のベッドに座り、その隣りの廊下側のベッドに徹と哲志が座っている。
「初代は『ヘルトライアル』っていう暴走族と戦った時に死んじまったらしいんだ。そのとき俺はまだ12でさ。実戦には使われる前でな」
「12って・・・小学6年生!?」
徹が驚いて聞く。
「ん?あ〜・・・それぐらいなんだろうな。世間じゃ」
『オイオイオイオイ・・・『世間じゃ』って・・・』徹は苦笑する。意思とは無関係に顔がひきつっているのが自分でも分かった。
「ってことは、秀也は2代目?」
哲志が首をかしげるようにしながら尋ねる。
「ああ。だけど・・・本当は『カタストロフィ』はもう存在しないんだ。知ってるだろ?俺らが逮捕されたの。政府が俺たち作っといてさ、ある程度抑えたから俺らは用済みなんだとよ。そのまま野放しにしてたら俺らが本当の『犯罪組織』になるかもしれないだろ?少なくともそれだけの力はあったしさ。それで、逮捕。迷惑な話だぜ」
秀也がうんざりした様子で言う。月の光を背にあび、正確な表情こそわからないものの、話している内容とは正反対・・・どこか楽しそうに見える。
「ま、逮捕されて間もなく『コレ』だ。本当に政府のやつらは何がしたいんだか・・・」
『コレ』とは、もちろん、このプログラムのことだろう。話を聞いているうちに、『カタストロフィ』のことが理解できたような気がした。少なくとも、今では好感でいっぱいだ。好感を持つというよりも、むしろ尊敬に近い。尊敬に近くありながら、自分もそんな風に強く生きたい、という目標になっていた。強さを維持して生き続けることは難しいのかもしれない。それでも、この『戦い』だけでも、強くありたい。徹は目を閉じながら静かに思った。と、隣りでドサ、という音がした。閉じていた目を開き隣りを見ると哲志が横たわっていた。スースーと寝息をたてている。こ・・・コイツはぁ・・・。
「ハハ・・・疲れたんだな。よし、じゃ明日早いかもしれないし、もう寝るか。こいつ〜・・は運ぶのめんどうだし、ココで寝せとくか。ベッドは荷物どければちょうどだしさ」
荷物の置いてあるところでは、賢吾が包帯を巻いているところだった。よく見ると・・・結構・・・いや、かなりの量の荷物がある。一体この人たちは何持って来てんだか・・・。
「じゃ、じゃぁ俺、部屋に戻るよ。・・・おやすみ」
ゆっくりベッドから降り、ドアに近づく。
「ああ、そうだ、この銃、持ってけよ。お前の部屋、銃ないだろ?」
そういえば・・・今武器はここに集めていて部屋には武器が何もない。秀也が放り投げた銃をかろうじて受け止める。それは瑠美が持っていた銃、コルト・ダブルイーグルだった。受けとった銃をベルトに押し込み、右手で軽く手を振って廊下に出る。暗い。205号室からは明るい話し声が聞こえてはいるが、それだけで補えきれるものではなかった。
「看護婦さんって、こんな中を一人で見回るのかぁ・・・すげぇよなぁ」
苦笑しながら207号室へと急ぐ。ドアを閉めると、月明かりがあまり入ってこない部屋のため、206号室よりもいささか暗かった。足早にベッドへ向かう。靴を脱ぎ、ベッドに仰向けに横たわる。天井の1メートル四方に区切られた模様のような、ブロックのようなものがうっすらと見える。
「明日は何が起きるんだろう?コレはいつ終わるのかな?あ・・・そっか。終わったら、秀也たちとも別れることになんのかなぁ・・・」
天井を見つめながら独り言をつぶやく。しばしの沈黙。少しずつ、意識が遠くなってきた。
カチャ・・・
ドアの開く音。驚いた拍子に眠気が一気に覚め、飛び起きる。ドアの前に立っているのは絵理だった。暗闇に目が慣れたため、確認するのは比較的容易だった。
「・・・ホラ、由美が仲間になったでしょ?だから、ベッドが一つ足りなくて・・・」
「あ、あぁ、そっか。ベッド4つしかないもんな」
ベッドに座り直しながら徹が言う。絵理がもう一つのベッドに近づき、座る。
「哲史君、どこに行ったの?」
ベッドをさすりながら絵理が聞く。
「アイツなら秀也たちの部屋で寝てるよ」
206号室の方向をチラリと見る。絵理がぱっと顔をあげて、徹の顔を見ながら言った。
「じゃ、ここのベッドで寝ていい?わたひもねむく・・・っては」
途中でアクビをしたため、言葉が少し変になった。
「お、俺は別にいいけど・・・その・・・何て言うか・・・」
『何で俺赤くなってんの!?・・・ただ部屋に二人っきりってだけだろう!ホラ、下を向くな!俺!』心の中で呼びかける。しかし、意志とは正反対に下を向いてしまう。絵理が仰向けに寝転がり、足をぶらぶらさせながら靴を落とす。
「あ、制服しわになっちゃう。えぇ〜〜っと、ハンガーハンガー・・・」
絵理が急いで上半身を起こし、周りを見渡す。ドアのすぐ横にハンガーがいくつか置かれているのを見つけ、裸足のままハンガーをとりに行く。ベッドに戻ってきたかと思うと、制服を脱ぎだした。
「ちょっ・・・待っ・・・」
急いでベッドに寝転び、絵理のいる方とは逆の向きを見ながら布団をかぶる。心臓の音がやけに大きく聞こえる。耳の先まで真っ赤になっているのが、自分でもわかった。
「徹くん?」
絵理が首をかしげながら呼ぶ。
「え?んと・・・そのぉ・・・おやすみぃ!」
見ている方向は変えないまま、片手を挙げてヒラヒラさせた。
「うんー・・・おやすみぃ」
少し、納得のいかない様子で返事をした。徹は、絵理が紺のTシャツ、ハーパンを履いていたことも知らないまま、なかなか寝付けない夜を過ごした。

『6時だぁ。起きろぉ〜。ふぁぁ・・・ねみぃ・・・』
マイクにアクビの音が入る。大分聞きなれただらしのない声に徹はたたき起こされた。絵理は・・・熟睡しているらしい。急いで近くにある自分の荷物からマップを取り出す。
『あ〜・・・とりあえず、アレだ。死んだヤツの名前言うぞぉ。・・・誰もいねぇな。まぁ〜〜仕方ないかぁ。みんな疲れてたんだろうしなぁ。まぁいいや、じゃ禁止エリアだ。7時にC―6、9時にI―3、11時にF―8。以上3ヶ所だ。あ〜〜それと、追加メンバー。今度は一人だけだからなぁ〜。みんな知ってるかどうかわかんねぇ〜けど、名前は西山伸二(にしやま しんじ)君だぁ。あ〜〜コイツは要注意だぞぉ〜。まぁ〜注意してどうなるとかの問題じゃないかもしれないけどなぁ。じゃ、またなぁ〜』
ブッ、とマイクの切れる音がにわかに聞こえる。・・・おかしい。死亡者は誰もいない?昨日病院の前で一人死んだのに・・・?
「し、しまったぁ!夜の12時にも放送あるんだった!」
ってことは・・・初日の夜の12時の放送も聞き逃した!?ヤバイ・・・どこが禁止エリアに・・・。そうだ、それよりも絵理を起こさねば・・・。
「絵理、絵理!起きて、もう朝だよ」
絵理の寝ているベッドの横に立ち、肩を揺さぶりながら声をかける。「うー・・・」といううめき声とともに上半身を起こす。
「ふぁぁ・・・何?」
右目をこすりながら眠そうな声で聞いてくる。どうやら・・・寝ぼけているらしい。
「ん?アレ?なんで徹君がぁ・・・?・・・!?」
開いているのか開いていないのか分からなかった目が、大きく開かれる。まず彼女の目に入ってきたのは自分の格好。Tシャツ一枚。・・・目の前には、西島徹。
「キャァァァァァァァァ!変態ィィィ!」
「な、なんでだぁぁぁぁぁ」
左手で布団を抱きしめながら右手で強烈な平手打ちをくりだす。ガードも回避も間に合わない。パァァンという快音。勢いで頭を窓にぶつける。すぐに頬に赤い、紅葉型の模様が浮き上がる。じんじんと痛み、苦痛に顔をゆがめる。
「ちょっ・・・待ってよ!制服そこにかかってんじゃん!俺何もしてねぇって・・・」
泣きそうな声で壁にかけられた制服を指差す。それを不思議そうな顔で絵理が見た。
「あ〜・・・・あ、そっか。ゴメン」
絵理が苦々しげな表情を浮かべながら両手を顔の前で合わせて謝る。うぅ・・・思いっきり叩かれ損・・・。
「・・・あ、そうそう、放送あったよ。誰も死んでないってさ」
左手で左の頬をさすりながら、マップを差し出す。
「んー・・・じゃ、みんなのとこにとりあえず行こっ。今日の計画とか決めなきゃだし」
マップを徹に返しながら絵理が言う。ベッドからゆっくりと降りながら制服を取る。
「ホラ、早く!」
左手に制服をかけ、右手で手招きをする。
「はいはい・・・今行きますよぉ〜・・・っと」
徹がそっぽを向いて適当に返事する。左の頬は赤みを増していた。寝ている間にベッドの中に落としてしまった『コルト・ダブルイーグル』を拾い、ベルトに押し込む。そして足早に絵理の元へと向かっている途中で絵理がドアノブをひねった。部屋を出るのは二人ともほぼ同時で、すぐに二人の視界に入ってきたのは廊下に立っている4人の少女。一人は少し眠そうな表情、もう一人は無表情にそっぽを向いている。残りの二人はニヤニヤした表情を浮かべ、こちらを見ていた。
「ごちっス。隊長!」
瑠美が敬礼しながら絵理に声をかける。
「は?何が?」
絵理が首をかしげながら言う。
「とぼけちゃって・・・ねぇ〜」
聡奈と瑠美が二人ではしゃいでいる。こ、こいつらはもしや・・・。
「・・・二人きりの夜はどうだった?ってことよ」
うお・・・ストレート!ボソっと何気なく由美が言う。途端、絵理が赤面しながら答える。
「な、何もないわよぉ!!何!?何でそんな期待してんの!?」
半分混乱したような感じ。次いで、徹が苦笑しながら付け加えた。
「・・・意味もなく殴られはしたけどな・・・」
再び、左手で左の頬をさする。妙に熱かった。
「・・・みんな、ちょっと来てくれ」
ドアから顔だけ出し、秀也が呼ぶ。その表情はとても険しいものだった。コレだけ真剣な彼は始めて見たような気がする。6人は半ば走るようにして秀也達の待つ、206号室へと入った。秀也は自分のベッドのところ・・・部屋に入って右奥のベッドのところに座っていた。その横に賢吾と雪人も座っている。3人とも表情が硬い。そんな中で哲志だけは爆睡していた。
「聡奈、真奈美、お前達は放送・・・聞こえなかったらしいな。追加メンバーが入った」
聡奈と真奈美が顔を見合わせ、真剣な顔で秀也を見直した。
「う〜・・・ナニナニ?なんでみんなここにぃ・・・」
哲志が目をこすりながら起きる。ったくコイツはぁ・・・場違いにもほどがあるだろうに。
「新しく入ってきたやつは・・・西山伸二だ!」
「西山伸二!?・・・まさか・・・彼は死んだはずじゃ・・・」
真奈美が目を大きく見開く。とてもじゃないが信じられない、という感じだ。
「もしかして、その西山って人・・・」
徹も顔をしかめながら聞いてみる。それに答えたのは秀也ではなく、雪人だった。
「そう・・・カタストロフィ初代総統・・・西山伸二」
この二人・・・いや、カタストロフィメンバー全員がこんなに真剣になるほどの人・・・西山伸二。一体どんな人なのか、想像がつかない。
「西山・・・伸二・・・」
哲志が突如、口ずさむ。
「それ・・・俺の兄貴の名前だよ」



【残り10人+5人】

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