数十メートル先に、街灯があった。そこに見える二つの影、西島徹と浪花由美だ。徹が倒れこんでいる由美に駆け寄り、由美を抱き上げている。気づいたら、自分は歯ぎしりしていた。ぎりぎりと嫌な音が耳障りで、口からは歯茎から吹き出た血が細々と伝っている。両手でソーコムMk23を握り締める。45口径のUS特殊部隊が愛用するハンドガンだ。
「何なのよ・・・あの女。私の徹君に抱き上げてもらって・・・」
ソーコムを右手に持ち替え、左手で思い切り地面を殴る。勢いをつけていたために周りの草がわずかに揺れた。地面は乾いていたが、辺り一体が泥なので、地面そのものは比較的柔らかかった。松島鈴乃(女子9番)は何度も地面を殴りつけた。そうしているうちに、徹は由美を抱えたまま病院に戻っていこうとしている。
「殺す・・・殺してやるわ・・・あの女」
銃をまた両手で持ち直す。左手は暗くよく見えないが、きっと泥が手にこびりつき、爪にも入り込んでいるのだろう。はぁ、こういうのって洗うのめんどくさいのよねぇ。いやいや、今はそれどころじゃない。鈴乃は身を低くしながら茂みの中を移動した。徹は病院の入り口の前に立っている。右斜め上を見ている。きっと星でも眺めているのだろう。さすが徹君。こんなときでもロマンチックなのね。と、いきなり徹こちらを振り返った。
『何!?見つかった!?』
元々低い体勢をさらに低くしながら心の中でつぶやく。不意に、徹の見ていた方向を見ると、一番右端の部屋に人影があることがわかった。それも複数。鈴乃はこのとき初めて徹は一人でいたのではない、ということを知った。
「そこにいるのは誰だ!?出て来い!」
由美を自分の後に座らせながら徹が叫ぶ。何?私は徹君の敵、ってこと?冗談じゃないわ。私は徹君のことが好きなのに・・・
「手荒なマネはしたくない。頼むから出てきてくれ」
徹が背中から銃を抜くのが目に入った。何よ・・・手荒なマネはしたくない、とか言って・・・思いっきり敵視してるじゃない。もういいわ。私にあなたは必要ない。どうせなら・・・私がここで・・・
「殺す!」
自分に言い聞かせるような感じで『殺す』だけを口に出すと、鈴乃は勢いよく走り出した。自分に言い聞かせるように言ったが、おそらく徹にも聞こえていただろう。だが、それが何か問題か?いや、別に問題はない。突如、右端の部屋が明るくなった。バラララ、というくぐもったような銃声が聞こえた。とっさに横に飛ぶ。光の見えた方向に向かって二度、引き金を引いた。タンタン、という心地よい振動とともに銃弾が吐き出される。右手に伝わってきた振動とは別の衝撃が左足の太ももに伝わった。とめどない血が一点から吹出している。紛れもなく、徹が発砲したものであった。逆上し、血が頭に上る。思い切り徹を睨みつけたが、頭に血が上っているために、徹の姿がかすんで見えた。徹に向けて三回引き金をしぼる。避けきれる距離ではない。自分が外さない限り、確実に息の根を止めれる。このままでは自分は死ぬだろう。しかし、徹も一緒に死ぬのなら、別に構わない、と思った。頭に上った血も引き始め、今度は出血のために顔が蒼白になり始めた。鈴乃の周りに血溜まりが出来ていた。徹の方を見ると、徹の前に誰か立っているのが目に入った。きれいな茶髪が街灯の光を帯び、その美しさをより反映していた。両手には棒のような武器。鈴乃はその武器を知っていた。・・・トンファー。間合いも取りにくく、トンファーそのものが武器にも防具にもなるため、直接的なダメージを与えることが難しい。使う人が使えば、かなり厄介な武器である。
「あんたは・・・カタストロ・・・」
虚ろな眼差しで徹の目の前に立つ人を見る。しかし、そこにもう、彼の姿はなかった。突然、後から頭を殴られ、地に伏せる。失血のために鈍った感覚が、自分は殴られたのだと気づかせてくれるまでかなり時間がかかった。もっとも、気づく頃には死んでいたが。
「雪人・・・サンキュ」
微笑みながら徹が言う。徹の顔を見て、雪人も笑顔を作った。徹は鈴乃に視線を落とすと、苦々しい表情を作ってみせた。
「ハハ・・・困ったな。目の前でクラスメイトが殺されたのに・・・涙も出てこねぇ」
苦笑しながら由美を抱える。雪人は鈴乃の手からソーコムを奪い取るとと、それをズボンのポケットに押し込んだ。
「そういえば・・・雪人は被弾してないのか?俺が撃たれる直前に前に出てきてたけど・・・」
「俺・・・か?左肩に一発もらっちまった」
苦笑しながら雪人がつぶやく。よく見ると、左手から血が滴り、地面をわずかに赤く染めていた。
「後の二発は叩き落としたんだけどなぁ〜。撃ってきた場所がちょうどトンファーの近くだったから落とせたんだけど。頭とかにきてたらやばかったな」
『いやいや・・・銃弾に反応できるだけで十分すごいっスよ・・・』と、心の中でつぶやいた。
「さ、急いで戻ろう。秀也くんが待ってるし」
雪人に促され、徹は歩き出した。後に雪人も続く。
『俺は・・・正常なのか?』
心の中でつぶやいた。クラスメイトが目の前で死ぬ様子を見ていながら涙が出なかった。どちらかと言うと、クラスメイトが死んだことよりも、そのことの方が悲しかった。由美の重さとは別の重さが、徹の肩に大きくのしかかっているような気がした・・・。



松島鈴乃(女子9番)死亡【残り14人+5人】

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