『よぉ〜元気かぁ〜?6時だぞぉ〜』
ふざけたような声が島中に響き渡った。PM6:00を知らせる放送・・・新しく今回のプログラムの管理者となった男の若々しい声。コードネームは・・・『ロード』。
『さてぇ〜、じゃ、いつも通り死んだ人から言うぞぉ〜。女子4番立木淳子、女子8番本田尋 、女子11番桃白凛、女子14番矢乃由美、男子18番吉村隆志、男子6番田中寛、
男子1番石井将、男子14番野原賢治、男子3番大山信弘、男子15番濱美秀哉、女子5番藤堂彩。あ〜、以上11名。良い!非常〜に良いペースだ。これからもがんばれよ。んじゃ、禁止エリア行くぞぉ。今度はちょっと多めに行くからなぁ。7:00からB―6、8:00からH―4、9:00からD―8、10:00からK―9、11:00からE―10。以上だ』
一方的にしゃべると、放送は終わってしまった。地図への書き込みを終え、顔を上げると、正面に座って同じようにメモしていた哲志と目が合った。哲志は目が合うとすぐに目を閉じ、軽く横に首を振った。・・・どんどんクラスメイト達が死んでいく。弱い者は殺され、強い者に武具を奪われていく。まさに弱肉強食だと、徹は思った。窓の外は薄暗く、空も曇っていた。雲と雲の間から、垣間見える赤い太陽の弱弱しい光が、どこか懐かしく感じられた。
「徹・・・これからどうする?」
答えられなかった。秀也の「ヤル気はあるのか?」という言葉が頭の中で反響している。二人しかいない部屋、207号室。その空間にしばしの静寂が訪れた後、徹が口を開いた。
「俺には・・・分からない。もしかしたら俺は・・・ヤル気のある人間側なのかもしれない。できることなら誰とも戦いたくない、そう思ってる・・・だけど・・・心の中のどこかでは・・・」
「秀也の言った事・・・まだ気にしてんの?あんなの気にすんなって!敵か味方かを見極めるために言っただけだって」
「ああ・・・そうだな」
顔をしかめながら説得させようとする哲志を見ながら、再び徹は口を開いた。
「今は、脱出の方法を考えるだけ・・・だよな」
哲志は一度、頷いたが、何かを考えるように視点を天井に向け、右手の人差し指を立てながら言った。
「いや、違う。今は・・・夕飯のことを考えるべきだな」
そう自信満々に言われると、どう対応していいのかわからない。徹は苦笑しながら小さく頷くだけだった。
「じゃ、飯にするか。みんな、誘ってこよう」
徹が言いながら立ち上がる。それに続いて哲志も立ち上がった。ドアを開け、廊下に出る。昼間でも、恐怖心を与える廊下がさらに暗くなり、尚一層、不気味さがかもし出されていた。徹が目の前の部屋、206号室をノックする。
「開いてるよ」
中から秀也の声が聞こえた。ドアを開けると、3人がそれぞれのベッドに座り、3人とも、中央を囲むような形になっている。荷物は一番奥のベッドの脇に集められていた。
「飯にしないか?腹減ったっしょ?」
徹が全体を見渡しながら尋ねる。初めに口を開いたのは茶髪の少年だった。
「あぁ、そう言われてみれば・・・秀也君、ゴハンにしようよ」
「んー・・・そうだな。腹が減ってはなんとやらって言うしな」
秀也が少し考えるようにして言った。一番奥のベッドに座っている男も口を開く。
「俺は・・・後ででいい。俺はここで見張りを続けるから先に食べてくるといい」
秀也が目を細めながら男を見る。
「あぁ、頼む。・・じゃ、行くぞ」
茶髪の少年と秀也が立ち上がり、徹たちと一緒に廊下に出る。ちょうど、208号室から瑠美と絵理が出てくるところだった。
「あ、徹君・・・ゴハン?私達今から誘いに行こうと思ってたんだけど・・・」
「マジで?俺達も同じだよ。腹減ってさ」
絵理の問いかけに徹は微笑みながら答えた。絵理は徹の返答を聞くと微笑し、205号室のドアをノックした。
「聡奈ちゃん、真奈美さん、ゴハンにしましょう」
『なぜ、聡奈という子には「ちゃん」で、真奈美という子には「さん」なんだろう?』などと思いながら、徹は絵理達に近づいた。3人も後に続く。205号室から美味しそうなにおいが香っている。もうすでにゴハンは作っていたらしい。
「どうぞぉ〜」
205号室から一人の女の子が顔を出して言った。その女の子を見るや否や、哲志が後から徹を突き飛ばした。
「腹へったぁ〜〜」
哲志はそういった。言ったが・・・絶対に目的は違うだろ、とかろうじて転倒を避けた徹は思った。

「俺は雪人。緋村雪人だ。脚力にはちょっと自信があるよ。あとぉ・・・得意な武器はトンファー。よろしく」
食事を終え、自己紹介をしよう、ということになり、カタストロフィの自己紹介が始まった。夕飯はゴハン、味噌汁、卵焼き、ウィンナー・・・といった、簡単なものだったが、みんなで食事をするとメニューとは関係なしに楽しかった。出会って1時間かそこらだと言うのに、会話は弾んだ。そんな中、哲志は食べる方に夢中になっていた。と、いうのも、秀也もかなりの大食いだったからである。二人で競争するように食べていた。そのせいで、結構あった料理も、見張りをしている男の分を除いて、あっという間に空になってしまった。そして、秀也と哲志の大食い勝負は、ウィンナー1本の差で哲志が勝利した。哲志は満足したらしく、満面の笑みを浮かべている。秀也も少し悔しそうだった。
「私は佐紀聡奈。主にサポート役だよん。特にユキのねぇ〜」
笑みを浮かべながら雪人に視線を落とす。雪人がハハハ、と苦笑した。その様子を見て徹も笑った。哲志が少しおもしろくなさそうな顔をしたのが視界に入った。
「得意な武器はぁ〜、ワイヤーとか。まぁ〜そんなとこ。よろしくね」
どこの学校の制服だろうか、緑色のミニスカート、白いシャツにこれまた緑の襟、胸の辺りで赤いリボンが結ばれている。髪は方の辺りで切りそろえられている。わずかに茶色がかっているのもよく似合っている。顔もかわいく、四肢もか細い。一見、モデルか何かのような少女。徹は、なぜ、そんな子がカタストロフィのメンバーなのかが少し気になった。
「私は辻真奈美。得意な武器は銃器ね。まぁ、よろしく」
手短な自己紹介。確かに、ベラベラとしゃべるような印象はない。どこか冷たい印象を受ける顔立ち、格好も黒い皮のズボンに黒ジャンパーというクールな組み合わせだ。聡奈が『ちゃん』で、真奈美が『さん』で呼ばれるのも頷けた。次に立ったのは秀也だった。
「さてさてぇ、次は俺かぁ〜。知っての通り、カタストロフィのリーダー橋本秀也だ。得意な武器はナイフ。よろしく。あ、今見張ってくれてるのは日野賢吾。体術が得意だな。ってか、大体全体的にすごい」
「じゃ〜なんで賢吾がリーダーじゃねぇ〜のぉ〜?」
哲志が首をかしげながら秀也に尋ねた。秀也がム、っとして答える。
「俺の方がつえぇ〜の!ハイ、次!自己紹介続けて」
目を細め、笑みをうかべながら静かに座る。秀也は楽しそうだった。間もなく黒髪のショートカットの少女が立ち上がる。
「私は瑠美。得意な武器なんかはないけど・・・よろしくね」
「ルー子でいいよねぇ〜?」
聡奈が笑いながら聞いてくる。クラスの友人達は皆、瑠美をルー子と呼んでいる。絵理が瑠美をそう呼んでいるのを聞いていたのだろう。
「ウン、もちろん!」
瑠美も笑いながら答える。次に瑠美の横に座っていた絵理が立ち上がった。
「私は絵理。何ができるのかとか・・・よくわからないけど、よろしく〜」
絵理が座るのを確認して、徹が立ち上がった。
「俺は西島徹。上手くやっていけるかちょっと心配だけど・・みんなよろしくな」
少しはにかみながら徹が言った。隣りに座っている哲志に視線を落としながら徹は座った。哲志が勢いよく立ち上がり、腰に手をあてながら言った。
「俺は徹の親友やってる哲志。よろしく!」
右手の親指を立てながら言った。そのポーズを崩す前に、205号室の扉が開いた。
「誰か来る!」
賢吾が抑制した声で告げる。205号室には、窓がない。窓がないから電気をつけていても平気だ。だから食事はこの部屋を選んだ。しかし、同時に誰か、見張りに残らねばならない、という問題もある。そして今、見張りをしていた部屋は206号室だ。秀也が賢吾の報告を受け、206号室へと駆け出そうとしたとき、徹がそれを遮った。
「待ってくれ、秀也が今来てる奴と対面したら相手が混乱するかもしれない。俺が行くよ」
秀也は小さく頷いた。急いで206号室へと駆け込む。
窓の外から見えるのは、少し離れたところに作られた小さな小さな街灯が照らす部分だけ。空が曇っているせいで、月の光はあてにできない。どこから誰が来てるのか、全然わからなかった。賢吾は誰かが近づいて来ているとどうしてわかったのだろう、などと思っていると、一人の少女が街灯の下に現れた。街灯に照らされ、顔がはっきりと見える。そこにいたのは、浪花由美(女子14番)だった。
「由美!一人か!?」
徹が叫んだ。叫んだ後に、少し後悔した。自分が叫んだせいで近くにいるヤる気になった連中がここに集まるかもしれないからだ。そのことを秀也もわかっていたのだろう。窓の外からは死角になるようにしながら徹に蹴りを入れる。背中にもろに蹴りを受け、わずかにうめいたが、できるだけ表情を崩さないようにして、由美を見た。
「ちょっと待っててくれ、今迎えに行くから」
由美は半ば呆然としながらこちらを見ているようだった。意識がはっきりしているのかどうかさえ分からなかった。もしかしたら誰かに襲われたのかもしれない。徹はベッドの上に置かれていたワルサーMPLを拾い上げ、206号室を後にしようとした。すると、自分の前に右腕がつきだされた。待て、という意味らしい。その腕は秀也のものだった。
「そいつは置いていけ。前線でそいつを使って奪われでもしたら困る。こっちの方がいい」
そう言うと、ワルサーP38を徹に手渡した。徹の初期武器だ。確かに、誰かがこの近くにいて、武器を奪われてしまうと厄介だ。下手にでかい銃を持っていって、由美が混乱してしまっては困る。結果、P38の方がいい。徹はP38を受け取り、かわりにMPLを秀也に手渡す。そして、一気に駆け出した。P38はベルトに押し込み、外から見ると何も持っていないように思われる状態にした。暗い廊下、暗い階段、暗いロビー。きっと普段なら恐怖を感じるだろう。しかし、急いでいるとそういうのはあまり感じないらしい。ほとんど見えていないのに等しい暗さであったが、外に出るのにそんなに時間はかからなかった。自動ドアをくぐると、小さな、淡い光を放つ街頭の下に由美が倒れているのが目に入った。
「由美!!」
自分の前でクラスメイトがクラスメイトを攻撃する。もし、自分がそういう場面に出くわしたら、攻撃しているクラスメイトは敵とみなすだろう。そして今、その『敵』が近くにいるのかもしれなかった。しかし、今の徹はそんなことを考えていられるほど冷静ではなかった。由美に駆け寄って抱き起こす。由美はスースーと、寝息を立てていた。よほど疲れていたのだろう。由美は裸足だった。それがとても象徴的で、所々血がにじみ出ていた。徹は由美を抱えると、206号室を見上げた。秀也が部屋から少し身を乗り出し、手招きをしていた。そしてその横で、賢吾がワルサーMPLを少し離れた木々の方へ向けているのがぼんやりと見えた。



【残り15人+5人】

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