藤堂彩(女子5番)浪花由美(女子6番)の顔を覗き込みながら尋ねた。蚊の泣くような声で『うん』とだけ答えた由美の顔は、どこか悲しそうで、泣き出しそうな表情。自分がどういう顔をしながら由美の顔を覗き込んでいたのかはわからなかった。もしかすると、由美と同じ表情だったのかもしれない。
「どうして私達・・・選ばれちゃったのかな・・・」
わずかに斜め前を眺めていた由美がうつむきながらつぶやいた。
「私達・・・何かいけないことでもしちゃったのかな・・・」
下をうつむいたまま由美が続ける。震える、泣きそうな声でつぶやいている由美を慰めるように、そっと、彩は由美の肩を抱いた。由美は抵抗せず、そのまま彩によりかかる。
「私達・・・何も悪いことしてないのに・・・」
肩の辺りで切りそろえられた髪が障害となり、由美の表情は見る事ができない。しかし、由美は泣いているようだった。
「私達・・・もう、普通の暮らしには戻れないのかな・・・」
由美がゆっくりと顔を上げ、彩の顔を見た。由美の目からは大粒の涙がポロポロとこぼれている。そんな彼女の姿を見て、彩も泣きたくてたまらなくなった。
「戻れる・・・きっと戻れるよ」
由美に言い聞かせるようにしながら、彩は強く抱きしめた。
「う・・うぅ・・・お母さん・・・」
それまである程度我慢していたのだろう。由美は今まで以上に泣き出した。無理もない。自分も、一人でいたならきっと泣き続けていただろう。きっと、由美の比較にならないほど大声で、延々と。彩は由美を抱きしめたまま、部屋を見回した。まだ4時ぐらいなのにうすぐらい、部屋の中。クラスメイトに見つからないように、カーテンもきっちり閉めている。現在地はH−2。もし、町の入り口付近の家に隠れていたなら、徹たちとも合流していたかもしれない。しかし、二人は町の一番奥の、目だたない一軒家を選んだ。2階建てではあるが、とても古い家。畳も所々傷んで破けている。二人はその家の二階の一番奥の部屋に身を隠していた。夜は家の押入れから毛布を(とても古かったが)取ってきて、二人で座ったまま、寄り添って眠った。朝の放送があってから、飲まず食わずでただひたすら放心状態のままぼーっと座っていた。そして、今に至る。
ガキン
明らかに何かが壊れる音。二人はその音を聞いて、はっとした。誰かが家の中に入ってきたのだ。なぜ、この家に人がいることがばれたのか、それは分からなかった。いや、考えられなかった、と言った方が正しいかもしれない。一度、少し離れ、顔を見合わせた後、もう一度強く抱き合った。彩は嫌な予感がした。とてつもなく、嫌な・・・
「私達・・・どうなっちゃうのかな」
かすれる声で由美がつぶやいた。ギシ、ギシ、という音を立てて、誰かが二階に上がってくる。由美のデイバッグに入っていた武器は裁縫道具。彩のデイバッグに入っていた武器は・・・スタンガン。左手で由美を抱いたまま、右手でそのスタンガンをデイバッグから取り出す。そして、勢いよく由美から離れた。
「私は・・・由美を護る。誰が来てるのかわからないけど、頑張る。だから・・・由美はここにいてね」
そう言うと、彩のいる部屋と、由美のいる部屋とを隔てるふすまをゆっくりと閉めた。彩のいる部屋に、一階からの階段はほとんど直通している。あまり、部屋として広い、とは言えないが、子供部屋にしてはそこそこに広いかな、といったぐらいの広さ。そんな中でこれから自分は誰かと殺しあう。クラスメイトの・・・誰かと。そしてその誰かは、階段を上りきろうとしていた。
「なっ・・・」
彩の前に現れたのは、所々破れてしまった学ランに身を包み、右手に包丁を所持したハンニャだった。その身体がゆらりと動くと、彩を睨みつけたようだった。
「カカカ・・・グ・・・グフ・・・」
『狂っている・・・』。第一印象はそれだった。コレは誰だ?放送で言ってた『カタストロフィ』とかいうグループの一人なのだろうか?・・・いや、違う。こいつは見覚えのある人物だ。それは、自分の学校の男子の制服を着ていることからも明らかだ。
「し、志郎くん?」
クラスメイトの記憶を激しくめぐらせ、出てきた名前がそれだった。
「志郎くん・・・志郎くんなんでしょ!?」
どこか特徴的である、というところもなかったが、長年一緒だったクラスメイトだ。確信を持っていた。
「クク・・・カカカ・・・」
ハンニャが勢いよく跳躍した。軽く80センチは跳んでいる。いや、1m近いかもしれない。自分の斜め上から繰り出される包丁による一撃を、スタンガンで受け止める。ハンニャが着地する。そのときに出来た隙を見逃さず、彩はスタンガンを相手の右腕に突きつけた。電源を入れる。ジッという音が一瞬だけ聞こえた。ハンニャは一度だけビクっと動いた。が、それだけだった。握っていた包丁を落とすこともなく、左腕で彩をなぎ倒す。スタンガンが手を離れ、遠くへと転がってしまった。続いて強烈な蹴り。足の裏が彩の胸元に食い込み、後方へと勢いよく吹き飛ばされ、壁で背中を強打する。鈍い痛みが全身を走った。ほとんど再起不能なダメージである。苦痛に顔を歪ませていると、隣りの部屋につながるふすまが目に入った。『ここで自分が諦めたら、由美はどうなる?』その思いが彩を駆り立てた。苦痛に歪んだ顔も、闘争心を剥き出しにした表情へと変貌していた。
「フヒ・・・ヒヒヒ・・・」
不気味な笑いを続ける、ハンニャの同級生、東山志郎。その男を睨みつけながらゆっくりと立ち上がる。背中と胸がズキズキと痛んだが気にしないようにした。現在の状況を確認する。相手は包丁を持っているが、こちらは素手。さらに、ダメージを受けているせいで身動きもあまり取れない。勝機は・・・ほとんど皆無に等しかった。
「ごめんね、由美、私・・・ダメかも」
誰に言うともなく、小さくつぶやいた。ハンニャがじりじりと距離をつめてくる。
ドッ
鈍い、とても鈍い音が聞こえた。直後、ゆっくりと目の前のハンニャが崩れ落ちた。後には濱美秀哉(男子15番)が木刀を持って立っていた。その木刀でハンニャを殴り倒したらしい。
「大丈夫?」
「秀哉くん・・・助けに来てくれたの?」
「まぁ・・・な。通りかかったら何か派手な音がしたからよ。そしたら・・・これだ」
と言いながら目の前に倒れているハンニャに視線を落とした。
「とりあえず、この町にはまだ誰かいるかもしれない。他の場所に移動しよう」
「ちょっと、待ってて」
彼は信用できる。そう思って、由美を呼びにいこうとしたときだった。秀哉が後から彩を押さえ込むようにして捕まえた。そのまま、床へと放る。
「秀哉くん・・・何を・・・」
彩が顔を歪めながら秀哉を見上げる。
「俺さぁ〜、まだ未経験なんだよねぇ。なぁ、やらせてくれよ彩!」
叫びながら秀哉が彩の上に乗る。左手で首を抑えられ、右手でびりびりと服を破っていく。
「や、やめて!やめてぇぇぇ!由美ぃぃぃ!」
たまらず、彩が叫ぶ。しかし、秀哉はお構いなしに服を破り、下着に到達していた。乱暴に下着を引きはがそうとしたとき、ゆっくりと隣りのふすまが開いた。
「ゆ・・・由美・・・助けて・・・」
涙で由美の姿がかすんで見えた。由美の存在に秀哉も気づいたらしく、由美のいる所(と言ってもかなり至近距離)を見た。直後、秀哉の姿が崩れ落ちる。後には、ハンニャが立っていた。頭から血を流しながら、秀哉の背中に突き刺した包丁を抜き取る。シュー、というスプレーのような音と共に鮮血が吹き上がる。
「ゆ、由美!逃げて!」
自分の上に乗っていた秀哉を蹴り飛ばし、ハンニャを見上げながら彩が言った。
「でも・・・」
困惑した顔で、何か言いたそうに彩を見る。
「いいから早く!!早く逃げな・・・」
由美の顔を睨みつけながら彩が叫んだ時だった。カス、という音が耳に届いたような気がした。その音が自分の頭から聞こえてきたものだということにも気づかないまま、彩は息絶えた。
「う・・・うぅ・・・うぁぁぁぁぁぁ」
由美は泣きながら走った。自分を慰めてくれていた人はもういない。自分の目の前で殺されたのだ。あの異形の生物に。・・・怖かった。次は自分が殺される、そう思わざるをえないような状況だった。由美は走った。とにかく走った。階段で滑りそうになっても、たとえ裸足であっても、とにかく走った。町から大分離れ、学校が小さく見えるぐらいのところに来たとき、一度後を振り返った。しかし、誰も追っては来なかった。それを確認すると、ゆっくりと膝をついた。肩であらく息をする。・・・彩が死んだ。自分の唯一の親友であった彩が死んだのだ。彼女は自分に尽くしてくれた・・・が、自分が彼女に何をしてあげられただろうか?何も・・・そう、何もしてあげれなかった。今になって、激しい憎悪が由美の中を取り巻いていた。親友を無くしたという、悲しみの涙ではない、親友が目の前で殺されながら、何も出来なかった自分が、情けなく、ハンニャに対するくやしさから来る涙だった。武器はおろか、食料も地図も、何も持っていない。覚えているのは、学校をはさんで反対側に、診療所と町があることだけ。診療所・・・そこになら、あの忌々しいハンニャを殺すことのできる道具もあるかもしれない。
「私が、彩の敵を討つ・・・絶対に!」
由美は涙をぬぐいながら立ち上がった。そして、診療所の位置する、H−10に向かって歩き出した。道路のわきを歩く裸足の少女が、夕日に照らされて赤く染まっていた。



濱美秀哉(男子15番)
藤堂彩(女子5番)
死亡【残り15人+5人】

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