『無駄』。それは自分が何よりも嫌っているもの。だから、音楽を聴いたりとか、本を読んだりと・・・そういうのも嫌いだ。自分の生命を保つために必要な、食事、運動、睡眠。あと・・・勉学。学校の校則も守ってきたし、授業と授業の間の休み時間も全て次の授業の予習なんかに使ってきた。菓子類なんかも買わない。余分な糖分は取る必要がないからだ。小遣いも参考書と、昼食代にだけ使ってきた。学校側からすれば、かなり理想的な人間・・・それが大山信弘(男子3番)だった。
「これも今持っていくのは無駄だな。これは・・・必要だ」
現在地はH−2の民家。小1時間ほど前に民家に到着した。始めは港の近くの草むらに隠れていたが、港に行くよりも民家に行ったほうが良いものがあるだろう、と思って移動してきたのだ。現在は行動力を最大まで伸ばすためにいるものといらないものの識別をしているところ。デイバッグによって支給された武器はコールドスプレー。政府の人間は何を考えているのだろうか?と思わざるをえない物である。だが、何かに使えるかもしれないと思い、一応持ってきた。
「フン。もうこんな物はいらないな。こっちの方が使える」
その持ってきたコールドスプレーを遠くへ投げると、この民家で見つけた何の変哲もない包丁をデイバッグに押し込む。投げたコールドスプレーが壁に当って、カン、という軽い音と共に床に落ちた。
「よし、まぁ、こんなものだろう。さて・・・じゃぁ、強そうな奴を探すか」
『無駄』。それが信弘が最も嫌っている言葉だ。生徒たちと殺しあう・・・信弘はそれを無駄だと判断した。強い奴の後について、最後の2人になるのを待った方がかなり有効だ。
「強い奴・・・野球部のキャプテンの天童勇貴(男子9番)あたりか・・・あるいはさっき乱入してきた「カタストロフィ」とかいうやつらか・・・その辺につければ・・・」
誰に言うともなく、信弘はつぶやいた。かなり軽くなった荷物(デイバッグだけになったが)を肩にかけると、民家を飛び出し、一気に走った。自分は帰宅部(部活なんかに入って下手な人間関係を持つなんて、無駄だろう?)だが、毎日走りこんだりはしている。それなりに体力にも自信はある。あっという間に集落から出、道路沿いに走る。H−3に入り、道路が分かれ道にさしかかろうという時だった。道路のほぼ真ん中辺りに体制を低くし、こちらを見ている奴がいることに気がついた。所々破けてしまった、鹿児島市立中学校の学ラン。だらりとたらした左腕からは血が滴っていた。同様に、口からよだれがこぼれている。しかし、そいつは人間の顔はしていなかった。耳まで裂けそうな口、とがった耳、虚ろな目が印象的な面・・・ハンニャだった。
「誰だ?そんなお面をかぶった所で何の効果もないぞ?無駄なことはやめるんだな」
そう言いながらデイバッグから包丁を取り出す。
「何も持っていないのか?それなのに道路の真ん中に?バカな奴だな」
障害になるかもしれないので、デイバッグを地面に置く。
「誰も通らないと思ったのか?運が悪かったな」
姿勢を低くし、戦闘体制をとる。
「なんとか言ったらどうなんだ?」
少しイラつきながら信弘が言った。これでは一方的にしゃべっている自分がバカみたいではないか。しかし、目の前の男は微動だにせず、無言のままこちらの様子を伺っている。
「これ以上、お前に構っていても無駄だな。死ねよ!」
叫びながら走る。ハンニャとの距離を一気に縮める。1mほどまで近づいたとき、包丁を握った右手を勢いよく突き出す。かわしきれる距離ではない。殺った!そう思った。しかし、本来なら首元に刺さるはずの包丁を、目の前の男は右手でつかんだ。刃の部分をつかまないように、上からつかみ、握力だけで自分の一撃を止めたのだ。
「カカ・・・カカカ・・・」
笑い声のような、単にどもっているような・・・そんな声がハンニャの下から聞こえてきた。信弘は後へ飛びのこうとした。しかし、ハンニャは包丁を離さずにこちらをただ見ている。
「うぐ・・・」
かなりの至近距離になってから、信弘は気がついた。このハンニャの面から異様な臭気が漂っていることに。おそらく・・・血の匂い。左腕で鼻を抑える。そのときだった。腹に強烈な痛みを感じたのは。包丁から手を離し、後方に吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられながら、自分がハンニャに蹴られたのだと気がついた。
「カカカ・・・カカカカカ・・・」
不気味な笑みを浮かべた面を見直し、今更ながらコイツはヤバイ、ということを悟った。ハンニャが自分の持ってきた包丁を右手に持ち直した。
「ま、待て!俺は死にたくない!」
何を言っていいのか分からなかった。こんな事を言って、助けてくれる相手だとは思わなかった。まさに『無駄』。本来ならこんなことは言わなかっただろう。一歩一歩、ハンニャが近づいてくる。信弘はこれまで味わったことのない恐怖心に駆られた。・・・が、動けない。腹に受けた蹴りがあまりにも強烈すぎた。横隔膜がわずかに麻痺し、呼吸するのも困難だった。
「いやだ、いやだぁぁぁぁぁぁ」
その叫びが信弘の最後の詞となった。目の前にいるハンニャが恐ろしい速度で移動し、一瞬で信弘の喉を切り裂いた。勢いよくどす黒い血が吹き上げる。
「カカカ・・・カカカカカ・・・」
ハンニャは身をかがめ、ゆっくりと横たえる信弘の首元に口を持っていく。どろどろと流れ出る血を、ビチャビチャと汚い音をたてながら飲んでいく。ある程度血を飲んだあと、ゆらりと立ち上がり、空を仰ぐ。
「カカカカ・・カカカカカ」
ハンニャが嬉しそうに笑った。笑ったのかどうかは定かではない。しかし、誰が聞いても『笑った』と言うような声色だった。手に入れた包丁が、武器として有効だと認めたのだろう。包丁を右手でもてあそびながら信弘が来た方向へのそのそと歩いて行く。異形と化したその姿は、もはや完全に『人』ではなくなったようであった。



大山信弘(男子3番)死亡【残り17人+5人】

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