「なんで俺が・・・」
徹が唇をとがらせながら小さくぼやく。荷物を両手で抱え込んでおり、視界をほとんど塞いでいて、足元は全くと言っていいほど見えない。
「今さらそんなこと言わないで、ホラ、さっさと歩く!」
そんな徹を見て、絵理が楽しそうに言う。絵理さんってこんなキャラだったのか?そんなことを思っていたが、口には出さないでおいた。歩いて10分。それが病院と近くの町の距離である。病院は、隠れ家としてはなかなか良い環境にある。しかし、欠点があった。それは、料理を作るところ、すなわちキッチンがない点である。おそらくあの病院は近くの町から食事を運んでもらっていたのだろう。・・・ということは、近くの町には食事を作るところが間違いなく存在する、ということだ。それを始めに指摘したのは哲志だった。そしてその指摘はその場にいた3人を十分に納得させた。プログラムが無期限になった今、もしかすると長期戦になるかもしれない。それを見越して最低限でも料理をするための道具を取ってこよう、というのが結果だった。いざ、道具を取りに行こう、という時、男は一人ぐらい残っていた方がいいだろう、ということで哲志と徹のどちらかが残ることになった。そこで哲志が『俺は指摘と提案したっしょ?だぁかぁら、取りに行くのはと・お・る・く・んで』という何ともわがままな発言。そしてなぜかこの意見が通ってしまった。みなさん、こんなの有りですか?
「おぉ〜い、徹ぅ〜遅いぞぉ〜」
哲志の能天気な声が聞こえてきた。病院まであと少し、といった所だ。
「バカ!大声出すなよ!誰かに気づかれたらどうする」
徹が怒鳴り返す。隣りで絵理がクスクスとおかしそうに笑っているのが目に入った。
「ど、どうかした?」
自分がおかしいことでもしたのかな、と思いながら、おそるおそる絵理に尋ねてみる。
「え?いや、別に・・・。今本当にプログラムの最中なのかなぁ〜って思って」
・・・確かに。ここまで能天気な行動をとっているのを見れば、とてもじゃないがプログラムの最中だとは思えない。これではまるで、何かの部活の合宿のようだ。
「絵理ちゃぁん、おかえりぃ〜」
徹と絵理が病院の入り口までたどり着いたとき、哲志の横から顔をひょこ、っと出して瑠美が比較的小さな声で呼びかけてきた。絵理が右斜め上の方を見ながら手を振る。突然、足元で、トトッという音が聞こえた。絵理が瑠美から自分の足元へと視線を変える。自分の足元には細くて簡素なナイフが二本刺さっていた。
「動くな!そこの男は荷物を置け!」
後から聞いたことのない声が聞こえた。徹は反射的に後を振り返ったため、持っていた物がバランスを崩し、派手に音をたてながら地面に落ちる。
「誰だ・・・お前は・・・」
目の前の男は右手にナイフを3本ほど持っていた。黒いTシャツ、真ん中には十字マークがあり、その十字マークだけは赤かった。黒髪の無造作ヘアー(明らかに造作的だが)、右耳にはリングになったピアス、真っ黒いビニール製のズボンという、全体的に『黒』い服装。その格好が異様な威圧感を増幅させている感じがした。
「徹!」
哲志が大声で叫んでいるが、目配せするほどの余裕もない。動けなかった。ただ目の前の男に、見られているだけ。見られているだけなのに動けなかった。目の前の男が左腕を挙げた。それが合図だったのだろう。周りのしげみから4人の少年、少女がさっと出てきた。『全部で・・・5人・・・』
心の中でつぶやいた。刹那、12時の放送で新しくこのプログラムの担当になった奴(名前なんか覚えちゃいない)が言っていたことを思い出す。
「カタストロフィ・・・」
徹の横で絵理がつぶやいた。徹は絵理に一瞥すると、また目の前の男を睨んだ。いつの間にか、全員が同じ所に固まっている。ふと、足元に転がったワルサーMPLが目に入った。
『相手は一箇所に固まっている・・・ワルサーさえ取れれば・・・』
徹がそう思ったときだった。
「・・・まず、聞こう。君たちはヤル気はあるのかい?」
徹はどう答えて良いか迷った。今、自分は足元の銃を拾い、攻撃しようとしていた。これはヤル気があるのに入るのだろうか?もし、誰かから攻撃をうけたなら間違いなく自分は反撃するだろう。その『反撃』も・・・。
「ヤル気はない!そういうあんたらはどうなんだ!?」
徹が葛藤している間に、哲志が叫んだ。このとき初めて、徹は哲志の顔を見た。どこか、悩んでいるような、怒っているような・・・そんな表情。心なしか、額に汗がうかんでいるように見える。
「俺たちは・・・」
ナイフを持った男が口を開いた。
「俺たちは・・・カタストロフィ。意味は知ってるか?」
「・・・知るか」
哲志がそっぽを向き、口をとがらせながらつぶやく。ちょっと距離はあったが、徹はなんとか聞き取る事ができた。おそらく、目の前にいる(といっても、10メートル近く距離がある)男には聞き取れなかっただろう。
「意味は『終局』。俺はこのクソゲームに『終局』を迎えさせようと思っている。・・・と言っても、おまえらのクラスを全滅させる、ってわけじゃない。・・・わかるな?」
徹はゆっくりうなづいた。『このゲームに終局を迎えさせる』・・・つまり、このゲーム自体を終わらせること。頑張れば(何を頑張ればいいのかわからないが)今回のゲームだけは潰せるかもしれない。この制度をつぶす事は出来なくても・・・。本当にこういう意味なのかはわからなかった。しかし、徹はそう思っているのだと信じた。
「さすがに、俺たち5人でその業を成すのは難しい。手伝ってくれないか?・・・もちろん、『ただ』じゃない。命の補償もある程度はできるし、上手くいけばこの島からだって脱出できる」
「ほ、本当か!?」
そっぽを向いていた哲志が『島から脱出』という言葉に反応し、目の前の男を見る。徹も目を見開いた。
「悪い話じゃないと思うが・・・どうだ?手を組まないか?」
「・・・少しみんなと相談したい、ちょっと待っててくれるか?」
徹は恐る恐る口にしてみた。声がわずかに震えているのが自分でもわかった。目の前の男が微笑を浮かべながら答える。
「ダメ。俺の提案には君一人で答えるんだ。君がリーダーだろう?」
徹は絵理、哲志、瑠美の順番で顔を見回した。瑠美がわずかに頷いた。無言だったが、『君に任せる』と言っているのだ、と思った。俺がリーダー・・・悪い響きではない。だが、この状況。自分の一言がみんなの運命を決めるのだ。そう・・・たった一言で。
「・・・答えはYESだ。ただし、条件がある」
『YES』と聞いた時は、目の前の男は笑みを浮かべたままだったが、『条件がある』と聞いた途端に怪訝そうな顔になった。
「極力、クラスメイトたちを殺すのはやめてくれ。もちろん、相手が説得不能の状態で、いきなり襲い掛かってきた時は仕方がないけど・・・相手はできるだけ仲間にする。その条件を飲んでくれるなら・・・」
「フン。是非もない。もともとその気だったからな。だが・・・」
『だが・・・』と言った時、目の前の男は目をわずかに細め、右の方にある草むらをチラリと見ると、持っていた3本のナイフを投げた。恐ろしいほどに速かった。腕の振りも速かったが、ナイフの速度は半端じゃなかった。草むらへの距離は20メートルほどあったが、なんなくその距離を飛行した。狙いも正確。下手をすると彼のナイフはその辺の銃よりも危険だ。徹は単純に、それだけ思った。なぜ、ナイフを投げたのか、そんな理由を考えることもなかった。ナイフがあっという間に草むらに到達する。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
鼓膜を破るような絶叫。その絶叫を聞いてから、徹はその草むらに誰かがいた、ということに気づいた。
「だが・・・仲間にするのは難儀だぞ?ヤル気のあるやつは沢山いるからな。アイツのように」
そう言いながら男は草むらを指差した。指差すのとほぼ同時に、草むらから少年が出てきた。左の頬、左肩、右腕にナイフが一本ずつ刺さっていた。苦痛のあまり、転げまわっている。とさかのように逆立てた、赤みのかかったその髪型で野原賢治(男子14番)だとすぐにわかった。右手にはしっかりと銃がにぎられていた。しばらくのた打ち回った後、賢治がゆっくりと立ち上がり、徹を睨んだ。
「なんだよ、なんでおまえがそんなやつらと一緒にいるんだよ。そうか・・・おまえもグルだったんだな?そんなやつは俺が殺してやる!」
左手で右腕に刺さったナイフを抜きながら賢治が銃を構えた。
「ヤバイ!」
徹は絵理の腰に右腕をかけ、思いっきり横に跳んだ。絵理が怪我をしないように頭を左手で抱え、左肩から着地する。しかし、銃の炸裂音は聞こえなかった。かわりに、ド、という虚しい音だけが聞こえた。
「じゃ、交渉成立だな」
男がつぶやいた。その男の笑みを徹は立ち上がりながら見つめた。仰向けに倒れている賢治に視線を移すと、賢治の額にはナイフが刺さっていた。この男が殺したんだな、と思った。自分のクラスメイトを、軽々と目の前で殺してみせた。しかし、彼を責めることはできない。おそらく彼らがこの場にいなかったら、自分が賢治を殺していただろう。もう、彼の精神は正常ではなかった。説得するのは無理だっただろう。
「ああ。成立・・だ」
絵理に手を貸しながら徹が答えた。残った手で制服を軽くはたく。
「俺は秀也。チーム『カタストロフィ』のリーダーだ。得意な武器は見ての通りナイフ。よろしくな」
微笑みながら秀也が簡単な自己紹介をした。
「俺は徹。西島徹だ。こちらこそよろしく」
徹も微笑みながら言った。
「私は・・・」
絵理も簡単な自己紹介をしようとしたが秀也にさえぎられた。
「ここで話すとまた襲われる可能性がある。中で話そう」
そう言うと、散らばってしまった荷物を手早く秀也とカタストロフィの男一人が拾い、病院の中へ入っていこうとしていた。
「あ、案内するよ。ついてきてくれ」
「ん?ああ、頼む」
ついさっき知り合ったばかりの相手。それも凶悪犯。だが、かなり前から友達だったような・・・そんなやりとりだった。『この人たちなら・・・本当にゲームを終わらせてくれるかもしれない』と、徹が思いながら、新しく加わったカタストロフィのメンバーと絵理の前に立ち、歩き始める。階段を上ろうとしたとき、秀也が隣りに来てニヤニヤしながら小さく言った。
「さっき跳んだの、意味なかったな」
「う・・・」
わずかに顔をひきつらせて、徹が言った。
「た、助けてくれるんなら助けてくれるって言ってくれれば・・・」
秀也のいる方向とは逆の方を見ながらつぶやいた。
「ハイハイ。本当はあの子に触れたかっただけだろ」
秀也が後でカタストロフィのメンバーの女と楽しそうに会話している絵理を親指で指しながら言った。
「い、いや、そんなことは・・・」
小さな焦りを感じながら徹が慌てて否定しようとする。そんな徹を見ながら、笑みを浮かべ、小声で言った。
「大丈夫大丈夫。あの子には言わないから」
「・・・・・・・・」
『秀也って人はこんな人だったのかぁぁ・・・初対面と全然違うし!』下を向きながら徹は心の中で叫んだ。秀也が隣りでケラケラ笑っている。『本当に彼らは凶悪犯なのだろうか?そして彼らは・・・本当にこのゲームを終わらせるつもりなのか?』今更ながら、徹は本気で不安を感じ、小さくつぶやいた。
「前途多難・・・かぁ」



野原賢治(男子14番)死亡【残り18人+5人】

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