「ちくしょう・・・殺してやる・・・殺してやるぞ・・・」
田中寛(男子6番)は交戦中だった。相手は渡雅常(男子20番)だ。さっき偶然出会った雅常に寛は声をかけようとした。いや、実際声をかけた。今はプログラムの最中だ。もしかすると攻撃を受けるかもしれない。しかし、寛は信じていた・・・自分のクラスを。そして、このクラスを信じていただけに、帰ってきた返事は酷なものだった。返事と言っても言葉ではない。言葉の代わりに鉛玉が飛んできたのだ。見事にその鉛玉は寛の左腕に直撃。寛はとっさに近くにあった木の陰に隠れ、続いて襲ってきた第2波をかろうじて回避し、今に至る。場所が森林(F−9)でなかったら寛はおそらくやられていた。
「殺してやる殺してやる殺してやる・・・殺してやる!」
寛のデイバッグに入っていたのは、警官愛用の銃『コルトパイソン(4インチ)』だった。
コルトパイソンを思いっきり右手で握り締めながら何度も何度もつぶやく。双子の兄である田中渡(男子7番)は思い立ったことはすぐに実行するタイプの人間なのに対し、弟の寛は兄に比べ、決断力に欠けている部分があった。もし、この場にいたのが寛ではなく渡だったら、すぐに攻撃に移っただろう。しかし・・・ここにいるのは寛だ。もちろん、寛が渡に勝っている所もあるが。
「殺してやる・・・殺してやる・・・」
つぶやいていた寛の言葉が不意に止まった。変だ。雅常に動きがない。
「・・・なんでだ?なんで動きがない?」
寛はつぶやきながら自由に動かない左腕を左足で支え、手首につけている腕時計を見た。血が指先まで滴っていたが、時計の文字盤は血塗れてはいなかった。デジタルででかでかと表示された数字は、『1:32』。雅常に発砲されてからそろそろ3分が経過しようとしている。雅常のいた所から特に音が聞こえたわけじゃない。だから多分、まだ同じ所にいるはずだ。いや、待てよ、もしかしたら自分が聞き逃したのかもしれない。あぁ、そうだ。きっと聞き逃したに違いない。いや、待て待て、やっぱりまだいるかも・・・。どちらにしても、雅常がいた所を確かめねばならない。寛はゆっくりと背にある巨大な木から頭を出し、雅常のいた所を見た。雅常はそこに立っていた。足を肩幅まで開き、両腕をまっすぐ伸ばし、右手でしっかりグリップを握り、左手をその右手に添えている。銃の基本的な構え方だ。マズい!!そう思った時には遅かった。パン、という渇いたような、何かが破裂したような、さっき聞いたばかりの音が寛の頭の中を木霊した。木霊しているうちに寛の意識はなくなった。寛の体の力がなくなり、ドサ、と虚しい音を立てて寛が倒れる。
「ハイハイ、お疲れさん。後は俺がやっとくから大人しく成仏しな」
雅常は軽くそう言うと、寛の右手から乱暴にコルトパイソンを奪い取り、雅常の初期武器であるコルトガバメントと一緒にベルトに押し込む。
「・・・アホやなぁ〜。プログラム中だぞ?・・・ん?何だ、もしかして俺を信じたのか?ハ!所詮はただのクラスメイト。俺はお前を信用しちゃいなかった。残念〜」
短く借り上げた頭の後ろで手を組みながら冷ややかに言い放ち、雅常は場を去った。
・・・寛が渡に勝っていたもの・・・それは、『人を信じる心』だった。そしてプログラムの敗因は、言うまでもない、その『人を信じる心』である。そして、プログラムに参加している人間はこの心が段々と欠けて行く。この心を持ったまま敗北した田中寛は、変貌して行くクラスメイトよりも恵まれていたのかもしれない・・・。


田中寛(男子6番)死亡【残り20人+5人】

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