H−7・・・そこは、自然のあふれる美しい湖の存在する所。特に名もない、小さな湖である。所々に自然とできた釣堀、木を少し加工しただけのシンプルなベンチ。そして、最近作られたログハウス。意外と設備は整っており、しばらくは暮らしていけそうなぐらい・・・。そのログハウスは本来、親子の団らんや、恋人たちの温かな会話があふれかえっているはずなのだが、今は、ただただ、重苦しい空気だけが漂っていた。立木淳子(女子4番)本田尋(女子8番)、桃白凛(女子11番)矢乃由美(女子14番)の4人の沈黙。お互いがお互いを牽制しあい、離れて座り込んでいる。全員、手には武器を持っていた。全員がナイフやアイスピックといった接近武器。もし、一人でも銃器を持っていたならこんな沈黙は訪れなかったであろう。代わりに火薬の炸裂音が鳴り響いていたことだろう。
「ねぇ・・・いい加減この沈黙やめない?」
誰に言うともなく、凛が小さくつぶやいた。残りの3人が自分を見ている。下を向いていたが、張り詰めた空気の中確かにそんな気がした。
「もしかしたら・・・ここを脱出する方法があるかもしれないじゃない?」
ゲームが始まったとき、凛は少しもそんなことを考えていなかった。中途半端なゲームの説明、やる気があるのかどうか分からない試験管・・・江崎歩美。彼女は私達を逃がそうとしていたことが、さっきの放送でわかった。よく考えてみたら、バスガイドの名前を知らなかった。そんなこと気にしていなかったが、今となると、名前を言ってしまうと都合の悪い事でもあったのだろう。
「あんた・・・さっきの放送聞いたでしょ?新しく5人加わったのよ!?しかもあの、『カタストロフィ』!助かるはずがないじゃない!」
由美が立ち上がって叫んだ。『カタストロフィ』・・・意味は・・・『惨事』また、『破局』。彼らはその名に恥じないほどの惨劇を築き上げた。彼らを知らない者などそうそういないだろう。
「だから!今生きれる時間を精一杯生きようよ!確かに助からないかもしれない・・・けど、このまま死ぬのを待つなんて嫌!」
凛も立ち上がって言い返す。由美は少し身じろぎした後、小さくつぶやくように言った。
「二人は・・・どう思う?」
尋と淳子は、それまで二人のやり取りを呆然と見ていたのが、突然ふられて少し驚いた。・・・しかし、初めから答えは決まっていた。
「私は・・・凛と同じ意見」
「あ、私も」
声を絞り出すように言う二人。由美はなんだか、自分が仲間はずれになったような気がした。なんとなくこの場に居づらい。・・・確か前にも、同じ事があった。自分のすぐに諦めてしまう性格のせいだというのはわかっている。分かっているが・・・
「・・・なら私は・・・私はここを出て行く。・・・じゃ」
乱暴に荷物をまとめてログハウスを後にしようとする。
「どうして?ここに居ていいんだよ?外は危ないのに・・・」
「・・・悪いけど、私はあなたたちを信用していない。これ以上ここに居たくない理由が他にあって?わかった?別になれ合う気なんてないの」
凛の誘いを冷たく断る。信用していないなんてウソだ。そう思いたかった。3年間一緒に過ごしてきた仲間。かけがえのないクラスメイト。しかし、由美は一睡もしていなかった。それが仲間を信用していない何よりの証拠だった。木製の重たい扉を勢いよく押し開ける。いや、勢いよく開けたつもりはなかった。誰かが外からドアを開けたのだ。そして、由美の前には吉村隆志(男子18番)が立っていた。隆志がドアを開けたのだということはすぐにわかった。
「び・・・ビックリしたぁ!なんであんたがここに居るのよ!?どい・・・て・・・」
超至近距離で由美がどなりつける。しかし、威勢のよかった声は明らかに小さくなっていった。隆志がゆっくりと右手を上げていく。その手にはウージーサブマシンガンが握られていた。マガジンをグリップ内に納められる、小型化したマシンガンだ。長い前髪が目にかかっていたが、隆志の目が恐ろしいまでに据わっているのが見えた。
「や・・・やめ・・・」
由美の頬を大粒の涙が伝った。
バララララ
由美の言葉は勢いよく火を噴いたウージーの連続した銃音にかき消された。由美のみぞおちの辺りから血が勢いよく流れ出す。ゆっくりと由美が隆志の方へと倒れ掛かってきた。しかし、それをログハウスの中へと蹴りいれる。
「キャァァァァァァァァァァァァァァ」
「ゆ・・・由美ィィィ」
尋と淳子の断末魔のような絶叫。二人がピクピクと痙攣する由美に近づいてくる。隆志は、女の悲鳴が嫌いだった。ちょっと虫とか犬とかが近づいただけで無駄に悲鳴をあげる。それ自体が嫌いだった。普段なら「うるせぇな・・・」で終わる所だ。・・・しかし、今自分の手には強力な武器がある。隆志の次の行動はもうすでに決定していた。
バラララララララ
さっきよりも少し長く撃った。尋と淳子は悲鳴をあげることもできなかった。二人ともほとんど同時に頭に多数の風穴をあけられていた。トン、トンと軽い足取りでログハウスの中に入り込む。中にはガタガタと震える凛がいた。
「た・・・隆志くん・・・」
目からは涙がこぼれ落ちている。隆志は普段は無口でクール、それが凛の持っている隆志の印象だった。凛はそんな隆志のどこかに好意を抱いていた。しかし・・・今目の前で友人3人をいとも簡単に殺して見せたのは?・・・紛れもない、隆志本人だ。
「・・・こういう状況に置かれたとき、人の欲望は増幅される」
あまり聞いたことのない隆志の声。
「今の俺の『欲望』は何だと思う?」
凛の表情が凍りつく。涙が前にもまして流れて出てくる。
「・・・私とヤりたいの?」
凛が出した結果はこの一つだけだった。この状況下、他に思いつかなかった。しかし、隆志の答えはNOだった。
「・・・いいや、違う。そんなのに興味はない。俺が欲しいのは・・・」
凛は最後まで聞き取ることが出来なかった。欲しいのは・・・と言った直後ウージーが突然火を噴いた。距離は3メートル弱といったところ。弾は凛の頭を確実に捕らえた。
「・・・俺が欲しいのは・・・君の命さ」
すでに亡骸と化した凛に背を向けながら言い放つ。出口に向かって歩き出そうとしたとき、入り口に誰か立っていた。距離は3メートルとない。
「こ・・・これは・・・」
透き通るような白い肌。程よく伸びた茶髪。赤いシャツの上に腰の辺りまでしかない黒い薄手のジャンパーをまとい、薄汚れたジーパン。膝のあたりまである茶色の丈夫そうなブーツが象徴的だった。隆志の見たことのない顔だった。いや、どこかで見たことがあるかもしれない・・・
「みんな・・・みんなお前が殺したのか!?」
目が鋭く光り、狼のように牙をむき出す。隆志は返事の代わりに口の右端をつり上げ、小さく笑って見せた。その笑みを見るや否やその少年はログハウスを飛び出した。隆志も後を追う。隆志がログハウスの外に出たとき、少年の姿はなかった。隆志は辺りをめまぐるしく見回したが、どこにも影はない。近くの湖の水面がわずかにゆれたような気がして急いで近づく。そこには水草ばかりが浮かんでいて、少年の姿はなかった。ログハウスに戻ろうと湖に背を向けたときだった。少年が宙を舞っているように見えた。突然頭の頂点に鈍い痛みが走る。少年は音もなく着地すると、隆志に冷ややかに言い放った。
「カタストロフィの切り込み隊長緋村雪人。ガッコ首になる前までは陸上部の高飛びのエースだったよ」
少年・・・いや、雪人が親指でログハウスの屋根をさした。隆志は雪人が何を言っているのかを理解した。ログハウスの屋根から飛びかかってきたというのだ。8メートルは軽くあるこの距離を。
「別に大した事じゃないけどね。あんな高いとこから飛んだんだ。コレぐらいの距離、どうということはないさ」
雪人はそう言うと右手をゆっくりと上げた。真昼間のために太陽が真上にあり、まぶしくてあまりよく見えなかったが、棒状の何かが握られていた。勢いよく雪人が手を振り下ろす。
ゴッ
鈍い音だけが隆志の頭の中に残った。なぜか、とても悲鳴をあげたかった。そして気づいた。女たちが悲鳴をあげる理由に。あぁ、あいつらには悪いことしたなぁ・・・。隆志は後悔した。後悔したところで隆志の思考回路は完全に遮断された。もう、何も考えることはできなかった。
「ユキぃ〜!大丈夫ぅ〜?」
場違いなほどに明るい声色。手を振りながら一人の少女が走って近づいてくる。後に3人の少年、少女がいるのが見えた。
「アハハ、聡奈。俺が怪我するとでも思ってるの?」
雪人は隆志の手からウージーを奪い取ると聡奈にゆっくりと近づく。
「おぉ〜マシンガン!いきなり大当たりじゃん!やったねぇ〜」
「あのねぇ、一人殺しちゃったんだよ?やった!じゃないって」
「あ〜・・・そっか。まぁ〜いいじゃん?今更さぁ〜。一応うちら結構人殺してたんだし」
聡奈がさらりと言い切った。かわいい顔とセリフとにかなりギャップがある。雪人は小さく溜息のように息をもらすと後から来ていた3人に視線を移した。
「秀也君、これからどうする?」
「・・・ユキが今、銃撃を聞いて走ってここに来たろ?その間に俺たちで話し合ったんだが・・・」
秀也が一拍置いて続けた。
「とりあえずH−10にある病院に行くぞ」


立木淳子(女子4番)
本田尋(女子8番)
桃白凛(女子11番)
矢乃由美(女子14番)
吉村隆志(男子18番)
死亡【残り21人+5人】

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