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「ロード参謀長がお見えになっておりますが、どうしますか?」
無精ひげの生えた30代前半であろう、若い兵士に声をかけられ、パソコンを打つ手を止めた。
「今?プログラム中なのに?・・・まぁ、いいわ。通して」
使い慣れたノートパソコンをスタンバイの状態にして折りたたむ。ストレートパーマをかけた長く美しい髪をかきあげながら深々とソファーに座りなおす。間もなく同じ兵士が人を数人引き連れてくる。
「元気そうだな。どうだ?久しぶりのプログラムの責任者になった感想は」
「別に。それよりどういうつもりなの?まだプログラムの途中よ?」
ロードを睨みつけながらきつい口調で言う。ロードというのはコードネームのようなもので、本名ではない。江崎歩美は別にそういうコードネームは持っていなかった。特にほしいと思ったこともないし、名前を複数もつのが面倒だったからだ。
「ハハ・・・バスガイドをしてるときとは調子が全然違うんだな」
江崎は無言で睨みつける。
「まぁ〜・・・いい。本題に入ろうか」
「そうね・・・手っ取り早く済ませてくれる?」
「そう・・・だな。プログラムは順調か?」
ロードが巨大なスクリーンを見やりながら言う。
「・・・まぁ・・・ね。それを聞きに来たの?」
「ん?まぁな。・・・開始のときに何人か殺したのか?」
「・・・いや、みんな従ってくれたから、誰も殺してないわ」
思わず会話が慎重になってしまう。そのためちょっとした沈黙が度々流れる。
「ふーん・・・あぁ、そうだ。プログラムの試験管の中に生徒たちを逃がそうとしているやつがいるそうだ。・・・知ってたか?」
ロードがわざとらしく尋ねる。江崎は小さく首を横に振りながら答えた。
「いえ・・・知らないわ・・・それで?」
「そいつは政府のパソコンに偽の情報を流し込んで、ゲーム終了にみせかけて残っている生徒全員を逃がすんだそうだ」
江崎の指がかすかに動く。腰にゆっくりと気づかれないように手を伸ばす。
「でな、最近その試験管がわかったそうだ。・・・誰だと思う?」
答えるまでもなかった。ただ、意見を聞きにこんな所へ、しかもプログラム中に来るわけがない。ゆっくり伸ばした手が銃に触れ、すばやく抜き取る。愛用の銃、M92F。扱いやすくて、着弾数も多い。ロードの眉間にピントを合わせ、引き金をしぼる。しかし、聞きなれた火薬の炸裂音も、ロードが倒れる事もなかった。代わりに江崎がゆっくりと崩れ落ちる。ふいに、ロードの後の影が視界に入ってきた。見たことのない男・・・いや、少年。手にはナイフが3本ほど握られていた。それと同じナイフが自分の額に刺さっている事に江崎は気づく事はなく、そのまま意識がなくなった。
「秀也か・・・ありがとう。助かった」
ロードが微笑みながら礼を言う。
「別に・・・あんたのためにやったわけじゃない。あんたに死なれると俺が困るだけだ」
そういうのを助けるって言うんじゃないだろうか?そう思いながらロードはゆっくりと立ち上がり、後を振り返る。そこには5人の少年、少女が立っていた。少年たちの顔を見回してロードは満足そうに微笑んだ。軽く跳躍してソファーを飛び越え、放送用のマイクへとズカズカと近づいていく。時刻は、10時58分だった。


江崎歩美(担任) 死亡【残り26人】

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