「ちょっと・・・ちょっと休もうよぉ」
絵理がきつそうに顔をゆがめている。
「・・・そうだな。んじゃ、ちょっと休むか」
徹はそう言うと周りを見回し、腰をおろした。それに続いて絵理と哲志が座り込む。これで休憩は4度目だ。『見つからないように森を通ろう』と提案したのは絵理だ。しかし、クラスメイトに見つからないように腰をかがめながらの移動は結構つらいものがある。特に絵理にはかなり堪えるらしく、事あるごとに休憩をとってきた。哲志が休もうと言ったならば無理矢理でも歩かせるのだが、さすがにそういうわけにはいかなかった。
「徹〜?今どの辺まで来てんの?」
哲志に言われ、徹もしばらく地図の確認をしてないことに気がついた。特にコレといった特徴のない袋から地図を取り出す。
「えぇ〜っと・・・今は・・・」
答えようとして徹はハッとした。この周辺には目印になる物がない。どこも同じような木が立ち並んでいるだけだ。
「今は・・・J―8だな」
「おぉ〜〜もうそんなとこまで来たのかぁ〜。んじゃ、もうちょいだな」
「あぁ・・・そうだな」
もちろん、J―8なんてかなり適当だ。
「徹クン、今何時?」
辺りは木が生い茂ってはいたが、比較的日が差し込んでいた。腕時計も結構容易に見ることができた。
「えーっと、10時だよ」
民家を出たのはだいたい8時ちょうど。歩くペースは遅いとしても、移動距離的には少ない気がする。
「10時かぁ・・・みんな・・・何してるんだろうね」
徹は答えなかった。哲志がなにか言おうと口をわずかに開いたが、何もいうこともなく閉じてしまった。わずかに沈黙が流れた。
「・・・あのさ、どうにかして・・・みんなで逃げられないかな?」
「え?」
「は?」
絵理と哲志が見つめている。
「そ、そりゃ難しいと思うけどさ、何か方法があるかもしれないだろ?」
「・・・それができれば・・・な」
哲志が苦笑している。ちくしょ〜・・・こいつにだけは笑われたくないっつうの。
「そう・・・そうね。まだ時間はあるから・・・3人で考えようよ」
絵理の顔もわずかに引きつっている。そんなに変なこと言ったのか?俺。
ガサガサガサ!!!
連続して少し遠くの草が揺れた。ガサガサガサガサガサガサガサ・・・
音は続いている。徹がワルサーMPLを右手に構え、哲志がワルサーP38を左手に、棒を右手に構えた。絵理は最小限にしぼってかなり軽くしてきたみんなの荷物を抱える。
ガサガサガサガサガサガサガサ!!
音の主は確実に近づいてきている。また少し遠いが腰をかがめて姿を見えなくしていることはわかった。
「・・・気を抜くなよ、徹!」
「お、おまえに言われたくねぇ!」
徹が緊張しているのを察したのだろう。ボーっとするな、という意味で哲志が言ったわけではない。それは長年の付き合いからわかった。
ガサガサガサガサガサガサ!!
大分近くまで音の主は近づいてきた。
「絵理さん、先に行って隠れてて!すぐ追うから!」
哲志が叫ぶように言った。賢明な判断だな、と徹は思った。コイツ・・・こんなに冷静なやつだったっけ?コレには、長年付き合ってきた徹も少し驚いた。絵理が一度だけコクっとうなずき、遠くへ走って行くのが見えた。
ガサガサガサガサっ!!
草の中から少し跳躍して音の主が正体を現した。だらしなくたらした両腕、深くかがめた腰。そして・・・不気味なハンニャの面。口の部分の周りだけが全体に比べて紅かった。徹はそのハンニャと目があったような気がした。妙な悪寒が背中を走る。
パン!!
すぐ横で乾いた音が聞こえた。哲志が発砲したのだとすぐわかった。ハンニャの左肩が後に押される。・・・だが、それだけだった。
「グォォォォォォ!!!」
悲鳴と言うよりはオタケビのような声をあげる。左腕は正常に動いている。
「なにぃ!?効いてねぇの!?」
哲志が顔を歪めてうめく。
「う、うおぉぉぉぉぉ」
徹はおもいっきり引き金をしぼった。ダダダダダダダっと正確なリズムで銃弾が飛び出していく。そのとき勢いよくハンニャが飛び頭上にあった枝につかまる。それだけで徹の放った銃弾を回避する。見えてるのか!?弾が!?
「な、何かヤバイ!逃げるぞ!徹!」
「言われなくても!!」
そう言って二人は一気に走り出した。東に逃げると絵理がいる方角へ行ってしまう。二人は北に向かって走った。他のクラスメイトに見つからないように腰をかがめている場合じゃない。本気で走った。瞬く間に息が荒くなっていく。それは哲志も同じだった。徹は逃げながら後をチラリと振り返った。ハンニャはこっちをじっと見たまま動いていない。
「哲志、アイツ、なんか様子変だぜ?」
「は、はぁ?」
徹が哲志を呼び止める。二人とも肩で荒く呼吸しながらかなり離れたハンニャを見る。徹はまたハンニャと目が合ったような気がした。合った気がした次の瞬間、ハンニャが徹たちめがけて走りだした。
「ぬぁぁ!やっぱ追ってくるんじゃねぇか!」
哲志が怒ったように叫ぶ。
「だ、誰も追ってきてないとか言ってねぇ!」
徹はもう一度後をチラリと振り返った。かなりあったはずの距離がかなり縮まっている。ハンニャは腰をかがめた状態で走っている。その走り方が印象的だった。
「は・・・速っ!」
「徹!森を抜けるぞ!」
ほの暗い森の中から抜けると一気に視界が明るくなった。少し目を細めて、徹と哲志は走り続けた。
ガサガサっ
後でハンニャが草むらを抜ける音がした。・・・近い。距離はおよそ10メートル程度だろう。
「ちぃ!くらえ!」
哲志が後を振り返って発砲する。パン、パン、と二回渇いた発射音がした。そしてすぐに、ズザザーっという音がした。徹も後を振り返る。
「よっしゃぁ!二発とも命中♪」
ハンニャの両足から血が流れ出ている。
「やったな哲志ぃ!おまえ、銃の腕すげぇんだな!」
「ま、射撃は好きだしぃ?これぐらい楽勝って感じぃ?」
哲志が得意そうに言った。
「グォォォォォォォ!!」
「え・・・・?」
ハンニャはすでに立ち上がり大きく体をそり、オタケビをあげていた。
「な、なんでだぁぁぁ!!」
「ち、ちっくしょぉぉぉ・・・俺はもう逃げねぇぞぉ!!」
二人とも覚悟を決めたときだった。バッバッバッバという耳障りな音とともにヘリコプターが頭上を通過した。ハンニャも頭上を見上げている。ハンニャは徹たちよりもヘリコプターに興味がわいたらしく、ヘリコプターを追いかけていった。ものすごい勢いでハンニャが小さくなって行く。
「た、助かったぁぁ」
タメ息をもらすように哲志が息を吐きながら言った。
「・・・だな。しっかし・・・なんだったんだ?アイツ・・・」
「徹く〜ん!哲志く〜ん!」
絵理が叫びながら森から出て近づいてくる。どうやら徹たちと同じ辺りまで逃げていたらしい。
「見て見て!ほら、あそこ!診療所だよぉ」
絵理が嬉嬉しながら叫ぶ。哲志と徹が絵理の指差す方向を見ると、そこにはわりと大きな診療所があった。診療所というよりは、小さな病院といった感じだ。・・・2階だてのようだ。
三人は疲れきったいたが、ゴールが見えていたからであろう。三人の足取りは軽かった。


【残り26人】

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