矢乃由美(女子14番)は走っていた。陸上部の長距離レギュラーの彼女は足が速い。出たばかりの校舎がどんどん小さくなって行く。しばらく走ると突然、地形が変化した。確かに少しずつ上り坂になっているような気はしていたが、それでも今までほとんど平だった道が大きく盛り上がっている。由美はデイバッグの中からペンライトと地図を取り出して現在地を確認する。どうやら今自分はF―5にいるらしい。よし・・・このままE―5のお寺まで行こう、そう思って地図をデイバッグの中に戻す。ペンライトは夜道を見ながら走るために手に持っておくことにした。地図を戻そうと手をデイバッグに入れたときだった。ひんやりとした感触が伝わってくる。そこには小さな由美の手には大きすぎるような銃が入っていた。それは、拳銃の中では最大の大きさを誇る『デザートイーグル』という名の銃だった。その銃を手にとって少し見つめた後、デイバッグに戻した。他にも小さな箱と大き目の箱が入っており、何となく小さな箱は制服のポケットに入れた。誰かに会ったら・・・あの銃を使うんだな、頭の中をそんな言葉がよぎる。その言葉を否定するように首を横に振り、荷物を持ってまた由美は走り出した。うっそうと木が生い茂る中を一気に突っ切る。目的地のお寺はすぐに見つかった。お寺は由美の走ってきた山道とは逆の方向を向いていたから、由美は正面へと回りこんだ。お寺は2メートルほどの塀に囲まれている。陸上部の由美とはいえ、そんな塀を乗り越えられる自信はない。まして、今は荷物を持っているし、走ってきたので疲労も残っている。よって、正面へと回らねば成らなかったのだ。
正門をくぐり本道へと入り、勢いよく障子のような(『ような』というか、おそらく障子だ)戸を開くと、そこには先客がいた。工藤成寛(男子5番)だった。成寛の顔を外から差し込む月明かりがぼんやりと照らしている。
「誰だ・・?」
月明かりを背に受ける由美の顔がよく見えない。成寛は手に持っていたペンライトのスイッチを入れ、自分の前に立っている者の顔を照らす。
「由美・・・か」
「・・・まぶしいからやめてくれない?」
由美はきつく言った。・・・最悪だ、何度もその言葉が頭の中を木霊する。去年、由美は成寛に告白したのである。特に成寛は顔がいいわけではない。頭も悪いし、運動もこれといってできるわけでもない。ただ、見ていて安心するというか・・・飽きないというか。そんな彼が気に入り、告白したのだ。そんな彼は『俺・・今、ちょっと好きな人・・できてさ。ゴメンな』と言って由美の告白を断ったのだった。それ以来、由美は成寛と会話どころか、まともに顔も見ていない。
「とりあえず・・・誰か来るかもしれないから、戸・・・閉めてくんない?」
戸を開けたまま硬直している由美に声をかけた。本当はその場を立ち去りたかったが、しぶしぶそれに従った。
「まぁ〜とりあえず座れよ。ここまで来たんだ。疲れたろ?」
何なんだコイツは?なんでこんなに偉そうなんだ?と思いつつ、ゆっくりと腰をおろす。疲労があるのは確かだし、ずっと立ったままでいるわけにもいかない。しばらく気まずい雰囲気が続く。そんな空気を打開するように、成寛が何かを思い出したように口を開いた。
「ホラ・・・去年さ、由美・・・俺に告ってきたじゃん?あれ・・・すっげぇ嬉しかったんだ。本当は。俺ってさ、勉強も運動もできないじゃん?」
「ウン」
ウンって・・・内心ショックを受けながら成寛は続ける。
「そんな俺に告白してくれる人がいるとは思ってなくてさ」
「・・それで?」
由美は、ちょっと冷たすぎるかな?、と自分の発言を少し後悔した。
「あの後・・・俺も告白したんだ。里美に・・・あいつ・・・クールじゃん?だから何か・・・カッコよくって」
「で・・・どうだったの?」
「結果は・・・断られた。その時分かったんだ。ふられた時のショックって言うか・・・そういうのが。・・・ゴメンな」
成寛が顔の前に手を合わせ、片目をつぶってみせる。
「別に・・・気にしてないわ」
「それでさぁ、その・・・付き合わないか?俺と・・・」
成寛が恥ずかしそうに言った。もし、去年同じ事を言われたなら、すぐにOKしたと思う。しかし・・・今はもう・・・。
「ふ〜ん・・・里美にふられたから、今度は私ってわけ?」
「いや、別にそういうつもりじゃ・・・」
「ふざけないでっ!そんなの私がOKするとでも思ってるの!?バッカじゃない!」
成寛は明らかにショックを受けたようだった。そんな彼を尻目に由美は荷物を持ち、お寺を出ようと戸を開く。
「ま・・待て!逃げるな!逃げたら・・・殺す!」
由美は呆れた表情を浮かべて振り返る。成寛の手には月明かりを浴びて鈍く光る巨大な刃物が握られていた。刃渡り1メートルほどのナタだ。
「・・・やってみなさいよ。あんたにそんな度胸あるとは思えないしね」
本道の中はガランとしていた。どうやらこの島を非難したときに中のものはほとんど運び出したらしい。そのせいでやけに広く感じる。成寛と由美の距離は8メートル前後といったところだ。
「・・・俺をなめるな!」
成寛がナタを大きく振りかぶりながら走り出す。もともと運動ができない彼にはナタは少し重すぎるようだ。ただでさえ遅い足がさらに遅く感じる。
「甘いわ」
由美は荷物を持ったときに密かに取り出してあったデザートイーグルを構えた。
「ヒィ・・・」
情けない声と共に銃を見た成寛の表情が凍りつく。勇成は3メートルほどまで詰めた距離を少しずつ後退する。力が抜けたのか、ゴトッっと派手な音を立ててナタが床に落ちる。由美は荷物を入り口に置き、成寛が後退するのとほぼ同じ速度でゆっくりと近づく。そして成寛から目を離さないようにしながらナタを拾い上げようとした・・・重い。片手では無理だと思い、ナタの刃を蹴らないように注意しながらカカトで柄の部分を蹴り、入り口の方へと滑らせた。成寛がペタンと尻餅をつく。
「・・・俺をなめるな・・・か。その言葉、そのまま返すわ」
そう言い放ち、引き金をしぼる。ガチン、という虚しい音が響く。成寛はその音にビクンと体を動かし、目を力いっぱい閉じていた。由美は、アレ?という感じで、もう一度引き金をひいてみる。やはり、ガチンという音だけがする。そして、自分の最大のミスに気がついた・・・弾を込めていなかったのだ。成寛がゆっくりと目を開ける。
「アッハッハッハ!バカなヤツ!弾込め忘れてやんの!」
成寛の高笑いが響く。由美は自分のポケットに小さな箱を入れたのを思い出し、その箱を開けてみた。すると、少し先のとがった物が入っていた。・・・弾だ。何とか銃からマガジンを取り出し、一発だけ弾を込める。・・・成寛はまだ笑い転げている。
「マジでビビったぁ〜・・・死ぬかと思っ・・・た・・・」
ヒィヒィと肩で息をしながら勇成は由美を見た。由美はマガジンを銃に装着し、再び銃を構えるところだった。再び成寛の顔が凍りつく。
「・・・本当にこれで最後ね」
銃を両手で構え、一度だけ引き金をしぼった。銃口が火を噴き、タァァァンという音と共に激しい反動が両手に伝わってくる。近距離でいて、さらに相手は動かない・・・いや、動けない。素人でもこれは外さなかった。成寛の心臓の辺りに銃弾が吸い込まれていく。勇成はツー・・っと口から血を流し、ガクリと身を横たえた。胸から血が勢いよく流れ出ている。
「さようなら・・・成寛君」
大した感情もこもっていない口調でつぶやくと、銃に弾を込め直し、スカートのベルトの部分に押し込んだ。ナタは持っていこうかどうか悩んだが、結局持っていくことにし、デイバッグに押し込んで、その場を後にした・・・。

工藤成寛(男子5番)【残り29人】
                               
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