「なぁ〜徹ぅ〜?どこまで行くんだよぉ〜?」
校舎を去った徹と哲志は、西に向かって歩いていた。地図によると西に民家がある。民家
だったら身を隠しやすいし、何より室内にいる方が外をほっつき歩いてるより安心できる
だろう、と思ったからだ。歩き始めて約1時間。そろそろ着いてもいいはずだ。
「あ・・・徹、ちょぉ〜っとここで待っててくれないかぁ?」
「な・・なんだよ?どうかしたのか?」
「あのさ・・・クソしたい・・・」
「は・・?はぁ!?」
突然の哲志の発言に徹は、顔をしかめる。今にクラスメイトが殺しに来るかもしれない。
そんな中で哲志は野グソをする、と言ってるのだ。『なんて能天気なんだ・・・』心の中
でつぶやいたが今に始まったことではないので、別に改めてそう思うことでもなかった。
「わかったわかった。ホラ、行ってこいよ。俺はぁ・・ほら、そこのしげみに隠れてるか
らさ。あ、荷物は持っててやるけど、武器は持ってけよ」
哲志に支給された武器は刃渡り8センチほどの両刃のナイフだった。
「わかってるってぇ」
そう言うと哲志はナイフを革で出来た鞘(ナイフと一緒に入っていた)をベルトにかけた。
「哲志・・・もう、殺しあってる奴らもいる。危ないと思ったら大声で叫べよ」
「わかってるってぇ」
そう言って哲志は走り出した。相当ヤバイのだろう、と徹は思った。そして哲志が10メ
ートルほど先まで行ったところで自分も身を隠すことにした。
哲志は、チラッっと後を振り向き、徹が隠れたことを確認すると学ランのポケットからメ
ガネを取り出した。レンズは横に長く、青く縁取られている。そのメガネをかけな
がら哲志はつぶやいた。
「・・・そろそろ出てこいよ。わざわざ一人になってやったんだからさぁ」
すると、木の陰から一人の女が現れた。髪は腰の辺りまで伸びていて、ストパーがかかっ
ている。前髪が眉のあたりで切りそろえられており、ぱっと見、日本人形を想像するよ
うな女・・・野口里美(女子7番)だ。
「・・・気づいてたのね・・・」
「まぁ・・な。ま、徹のやつは気づいてないみたいだけどねぇ〜」
そう言いながら哲志はナイフを抜き放つ。相手の手には1メートル・・・いや、2メート
ルはあるであろうか。それぐらいの少し細めの棒が握られていた。彼女自身は160前後
なので、彼女より少し長くて武器としてはちょうど良い長さだった。
「フフ・・・助かったわぁ〜。2人一緒にいると攻撃することができなくってさぁ〜」
今にも笑い出しそうに淡々と里美が語る。二人の距離は5メートル弱といったところか。
「一人だったらなんとかなるものネ!!」
そういうと里美はその細長い棒を両手に持ち一気に走り出した。哲志もそれに合わせて身
構える。里美が大きく跳躍する。普段なら、スカートがめくりあがる瞬間を見逃さないよう
にする哲志だったが、今はそんなことをしている場合ではなかった。里美が落下と同
時に棒を振り下ろす。それを哲志はナイフで受け止めた。キンという軽い金属音と共に、哲
志のナイフが刃こぼれする。哲志は一歩だけ後に跳躍し、間合いをあけた。
「随分軽い棒なんだな」
「えぇ。おかげで扱いやすいわ。攻撃力がちょっと低いのが難点ね」
「あ・・あぁ・・そう・・・」
哲志は苦笑いしながら軽くうなずいた。
「それに・・・」
「・・・え?」
「この棒はただの棒じゃないのよ!」
といって里美が棒を突き出した。ヒュンという空を切るような音と共に、細い棒の中から
さらに細い棒が飛び出す。飛び出した棒は直径1センチほどだろうか。しかし、相手の不
意をついて攻撃するので効果は絶大だった。思いもよらぬ攻撃に哲志は額をみごとに突
かれた。ゴッっと鈍い音がする。そしてそのまま後へと倒れこんだ。 「・・・不甲斐ないわねぇ・・さて、じゃ次は徹君を♪」
里美は結果に満足し、笑みを浮かべながら飛び出した棒を元に戻しながらその場を立ち去
ろうとする。
「おい・・・待てよ」
驚いて振り向くと哲志が立っていた。額からは血が流れている。
「フン・・・そんなもんで俺が殺せるとでも思ったか?」
さっきまでの哲志とは雰囲気が違う。里美は何とも言えぬ悪寒を感じた。
「かかってこいよ。一人ずつなら殺すのは容易なんじゃなかったのか?」
腰を低くしながら哲志がつぶやいた。また、間合いは5メートルほど。
「えぇ。簡単よ!」
動揺を隠すようにしながら再び里美が走り出す。始めと同じように跳躍し、棒を振り下ろ
す。棒の先は確実に哲志の頭を捕らえようとしていた。哲志は回避することなくその棒を
左腕で受け止めた。普通なら骨が折れている。しかし、棒を受け止めた時に、何の音も聞
こえなかった。哲志が棒が腕にあたると同時に微妙に左腕をひき、ショックを和らげたのだ。ただでさえ軽い棒だ。ダメージと呼べるダメージは
ほとんどなかった。哲志はもはや腕に『触れている』だけになった棒をつかむ。着地した里美は棒を捕らえられていることもあり無防備だ
った。そこへまっすぐと哲志の右手が伸ばされる。
『ドッ』
里美は首元でそんな鈍い音が聞こえたような気がした。勢いよく吹き出る血を、呆然とし
た目でみながら・・・。自分が切られたことに気がつく頃には、もう彼女の思考は途絶え
ていた。哲志はなんとか里美の首から吹き出る血を回避しながら棒を奪い、冷ややかに
つぶやいた。
「雑魚が・・・でも・・ま、女にしちゃ動きは良かったかな?」
「・・・なぁ、そろそろ戻れよ。恭介」
「あ?あー・・・そうだな」
傍から見れば、一人の人間がこのような会話をしているのだから、当然変だと思うだろう。
しかし、哲志からすれば別にこれは普通のことだった。恭介(きょうすけ)と呼ばれた人
間はもう一人の哲志。つまり、一人の人間に二人の人格が存在する・・・いわゆる二重人
格というやつだ。しかし、哲史は特別でもう一人の自分と意志の疎通ができた。そんなこ
とはもちろんのこと、自分が二重人格であることは徹にも話していない。
「しっかし・・・ホント恭介は強いなぁ〜」
「おまえが弱すぎるだけだ」
「ハハ・・・じゃ、めがね外すよぉ〜」
多重人格の人間の、ベースの人格ではない人格が表に出るとき発現条件が必要だ。ある人
は店に入ったら発現したり、またある人は極度の精神不安定になったときに発現した
り・・・哲志の中のもう一人の人間・・・『恭介』が表に出るときの発現条件は『メガネ
をかけること』だった。どうして、メガネをかけると『恭介』が出てくるのか?そんなこ
とを哲志が知るはずもない。しかし、自分とは別の人格・・・『恭介』が自分の中に存
在していることは確かだ。哲志がメガネを外すと同時に恭介の意識が薄れて行く。哲志はナ
イフを里美の服で拭うと鞘に収めた。そして足早に徹の待つ茂みへと向かった。
「おまたせ徹ぅ〜」
「おっそい!」
「ゴメンゴメン!キレが悪くて・・・」
「いや、もういいって。別に理由言わなくても・・・っておい!どうしたんだよその額!
んでもってなんだ?その棒は」
「あ、あ〜コレ?コレは走ってたら木の枝にぶつかってさ。んで、コレは拾った」
「拾ったぁ〜?誰か忘れていったんじゃねぇのか?」
「大丈夫っしょ。他に荷物なかったし」
「まったく・・・じゃ、行くぞ」
そういって二人は歩き出した。5分と経たずに民家の集落にたどりついた。二人はどの家
に入るか、道路を歩きながら選んでいた。その時だ。どこか遠くの方で爆音が聞こえたのは。
『どこかで・・・誰かが殺しあっている・・・』
こんなことになったのも今のクソ政府どものせいだ。この時徹は校舎に残るやつらに復讐
することを心の中で静かに誓った。
「あ、徹!あの家なんかいいんじゃないかぁ?」
徹の決心をよそに哲志が指差した家を見る。他の家と大きさこそ変わらないが、他の家に
比べて新しいようだった。
「そうだな・・・じゃ、この家にするか」
徹はあっさりと同意する。徹があっさり同意したのはその家にベランダもあったからだ。
いざというとき、非常口になる。・・・哲志がそこまで考えているとは思えなかったが。
「徹・・いい?じゃ、ドア開けるよ?」
「あぁ。・・・!?ちょっとまて!哲志!」
ドアを開けようとしていた手を止める。
「何か・・焼いてる匂いがする・・・よな?」
「ゴメン徹。俺鼻詰まっててわかんねぇや」
香ばしい匂い・・・誰か料理作ってるのか?いや、まさか。こんな状況で料理を作るやつ
がいるとは思えない。徹はズボンのポケットに入れていたワルサーP38を構えて言った。
「哲志、ゆっくりドアを開けてくれ・・・しずかにな」
哲志はコクッとうなずくと、言われたとおりにゆっくりとドアを開ける。この家のドアは
引戸なので、ギィィという音がする心配があったが、やはり新築の家らしく、何の音もせ
ず、ドアは開いた。鍵がかかってない、という点が不に落ちな
かったが、それは気にしないことにして、一気にドアの前に踊り出て銃を構えた。・・・誰もいない。しかし、香ば
しい匂いは強くなった・・・やはり、この家に誰かがいる。それは確かだ。
徹は靴を脱ぎ、真新しい床をすべるように移動した。・・・音を
たてないためだ。廊下をまっすぐ行った所で、一枚の扉があり、ジュゥゥゥという音が聞こえてくる。徹は後を振
り返った。外で哲志が心配そうにこっちを見ている。徹が小さくうなずいてみせると、哲
志も小さくうなずき、体制を低くして、ナイフを抜いた。そして、徹と同じように靴を脱
ぎ、すべるように歩いて徹の所まで来た。哲志の様子を確認すると、徹はドアに向き直り、
勢いよくノブをひねり、ドアを押した。
「手を上げろ!!」
徹が銃を構えながら叫ぶ。中の部屋は狭く、小さなテーブルが一つ、イスが4つ、少し大
きめの冷蔵庫が一台に、ジャーが一つ。あとは、オーブンつきのガスコンロと流し台とい
ったところだ。その部屋にいたのは見角絵理(女子10番)だった。絵理はビクっと肩を動
かし、フライパンを持ったまま振り返った。中にはかなりの量の餃子が焼けている。<BR> 「徹君・・・哲志君も・・・」
「何を・・・してるんだ?」
料理だろ、徹は自分でそう自分に言う。その様子を見れば誰だってそう思う。しかしこの
状況の中だ。普通なら考えられない。
「料理・・・だけど?」
「いや、そうじゃなくって・・・なんていうか・・・」
絵理は意外と落ち着いており、その様子になぜか徹の方が口ごもってしまった。
そして、三人の間にしばらく沈黙が流れた。


野口里美(女子7番)死亡【残り30人】

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