「なんで・・・私が・・・」
赤石優(女子1番)は、校舎に比較的近い納屋のようなところに身を隠した。
デイバッグに入っていた武器は一本の果物ナイフ。そのナイフを握り締め、優は奥に隠れ
ていた。本当は楽しい修学旅行になるはずだったのに・・・そう思えば思うほど涙が込み
上げてくる。その涙をぐっとこらえ、平常心を保とうとする。・・・その時だった。ギィ
ィと嫌な音を立てて納屋の扉が開いたのは。
「お〜い・・・誰かいるか〜?」
その声は辻勇也(男子8番)に間違いなかった。クラスの中でも成績もよく、顔も良い。
なにより、とても優しかった。それが女子たちにうけ、人気はかなりあった。しかし、そ
んな彼でさえも今は一人の敵なのだ。優は息をひそめ、みつからないことを願った。
「誰も・・・いないのか・・・」
勇也はホッとしたように溜息をもらす。そう、誰もいないのだ、いないのだからここに用
はないだろう、早く出て行って!優は祈った。部屋に入ってきた勇也がすぐに出て行くことを。
「じゃ・・・ここにいればしばらく安全だ・・よな?」
勇也が自分に言い聞かせるようにつぶやいた。その一言にあっけなく祈りがやぶられたこ
とを確信する。・・・最悪だ。このままここに隠れていてもいずれ見つかるだろう。優
は意を決してゆっくりと立ち上がり、なるべく勇也を驚かさないように注意しながら勇也との距離を詰める。
「あの・・・勇也君・・・?」
「!?誰だ!?」
当然だが、勇也は驚いた。その手には優と同じようなナイフが握られている。
「ゴメン・・・驚かせちゃった?」
当たり前か、と思いながらも聞いてみた。
「なんだ・・・優さんか。ウン・・・ちょっとビックリした」
『ちょっと』と言ってるか、誰だ、と言って振り向いたときの表情はすさまじかったが。
内心そんなことを思いながらゆっくりと勇也に近づく。
「ちょ・・・ちょっと待って!それ以上近寄らないでくれないか?その・・・右手の・・・」
え?と思いながら優は自分の右手を見ると、しっかりとナイフが握られている。
「あ、ゴメン!そういうつもりじゃなくって・・・」
優が顔をあげると、そこに勇也の姿はなかった。勇也に言われて手に持っているものを確
認するまで約2〜3秒。そのわずかな時間の間に勇也が消えていたのだ。優の目の前にあ
るのは勇也が持っていたペンライトだけ。その発光しているペンライトをじっと見ながら、
勇也がどこへ行ったのか考えてみた。そのとき、背後から口を抑えられ、ほぼ同時に右手もつかまれた。
「ん・・ん〜〜〜!」
優は何か言おうとするが、口を手で抑えられているため何も言えない。
よく見るとペンライトの近くに靴が脱ぎ捨てられている。裸足になって足音を消し、勇也
が自分の背後に回りこんだのだと気づくのに、数秒とかからなかった。
「まず・・聞いておこう。君はこの殺し合いに賛成なのか?」
しずかな勇也の声。優は大きく首を横に振る。
「そうか・・・じゃぁ、その右手に持っているものを離してくれないか?」
優は言われるがままにナイフを手放した。ナイフは自分が思っていたより鋭かった。鋭利
な刃先が音もなく床に刺さる。
「・・・良かった・・・本当に参加者じゃないみたいだな」
勇也はそう言うと、刺さったばかりのナイフを拾い上げ、優からゆっくりと離れた。
「ね・・ねぇ、どうやって私の後に回りこんだの?いくらなんでも速すぎるわ」
「簡単なことだよ。ほら、俺は君に『右手の・・』って言ったよね?そうしたらやっぱり
右手を見るだろう?そうするとただでさえ暗くて視界が悪いのに左の方が死角になるんだ。
まぁ・・・タイミングをつかむのがちょっと難しいかな?」
にこやかに答える勇也を見て、勇也に敵意はないようだ、と悟った。
勇也は置いてあった自分の荷物を拾い上げ、靴をはいて近くにあった少し太い柱に寄りか
かるようにして座った。優もそれに続く。
「ねぇ、一応それ、返してくれない?バッグに入れとくからさ。何にも持ってないってい
うはちょっと不安で・・・」
「あ、あぁ。そうだね。・・・・ハイ」
優はナイフを受けとると適当にバッグに放り込んだ。
「・・・ねぇ、勇也君、こんなときなんだけどさ・・・好きな人・・・いる?」
「・・・いや、いないけど?」
『君だよ』とか、言ってくれればうれしかったな、などと思いながら優は勇也の返答を聞いた。
「じゃ、じゃあさ、私と付き合わない?・・・この島にいる間だけでも・・・」
「う・・・ん・・・そうだな・・・」
本気で困った顔をしながら考える勇也を見て、わざと明るい声で言った。
「うっそだよぉ〜ん。どう?ビックリした?ビックリした?」
「な・・・冗談かよ!?本気で考えちまったぞ・・・」
「アハハ・・・ハハ・・」
優は本気で付き合わないか、と言ったつもりだ。だが、勇也が本気で悩んでいるのを見て
『嘘』ということにしたのだ。
「・・・俺は、付き合っても良いと思ったんだけどな」
勇也がポツリとつぶやいた。
「え・・・」
驚いて優が勇也の顔を見上げる。
その時、アレ?と思って勇也の頭を見ていた。ちいさな赤い点がついている。さらに目を
凝らしてみるとそれは赤いレーザー光線だった。光は外へと続いている。
「勇也くん!!危ない!」
優が勇也を突き飛ばす。二人とも座っていたのだから、突き飛ばしたつもりだったが押し
倒した形になってしまった。そして優が勇也を押し倒したとき、パシュ、という音と共に
赤いレーザー光線のあたっている先に穴があいた。そのレーザー光線は勇也の頭からそれ、
壁にあたっていた。
「・・・スナイパーライフルか。発射音が聞こえるってことはそんなに遠くにいないな・・・
ありがとう。助かったよ優さん」
「・・・優でいいよ。けど・・・これからどうする?」
「そう・・だな。とりあえず・・・どいてくれないかな?」
そういって勇也は苦笑する。勇也の体の上に思いっきり優が乗っていたからだ。とっさに
勇也を押したため、勢いがつきすぎて自分の方が勇也よりも頭一個分先まで遠くへと飛ん
でいる。その結果、優の右足が勇也のおなかのあたりに乗り自分の胸で勇也の顔を押しつ
ぶしている形になっている。優は慌てて勇也から離れる。顔はこれ以上にないほど赤面していた。
「そ・・それにしてもすごいわねぇ・・・なんで音だけでスナイパーライフルだってわかっの?」
「ほら、君が突然、危ない!って言ったろ?外は月明かりでちょっと明るいからって言っ
ても、敵が狙ってるってことまではわからないだろう?と、すると、何かわかりやすいサイ
ンがあったって事だろ?そして、あの小さい音。サイレンサーにしては大きすぎるから
ね。だから、スナイパーライフルだと思うんだ」
「へぇ〜。詳しいんだねぇ」
「オレの親父・・・自衛隊でさ。俺が小さい時から色んなもんみせてくれて・・・さ!」
そう言うと、勇也はすばやくバッグの上に放っていたナイフをつかみ、窓の外へ向かって
勢いよく投げた。優はこのとき初めてこの納屋に窓にガラスがついてなかったことに気がついた。
「ぐぁぁぁぁ!!!!」
外から絶叫が聞こえる。窓から目を離し、勇也を見る。勇也は外へ飛び出そうとしていた
ところだった。急いでその後に優も続く。
外では勇也がペンライトで何かを照らしている。そこには左目を抑えてのた打ち回る松本敦(男子16番)がいた。
左目からとめどなく流れ出る血と、どろっとした液体(おそら
く目の中の液体であろう)が敦の顔をぬらしていた。ペンライトに照らされるその苦悶
の表情は見た者全てに恐怖を与えるだろう。お化け屋敷で出てきそう・・・そんなことを一
瞬思ったが、その光景を見た優は吐き気を覚え、目をそらした。勇也は足早に敦に近づき、
放り出されていたスナイパーライフルを拾い、敦に向かって一度だけ引き金をしぼった。
銃弾は見事に眉間に命中し、今までのた打ち回っていた敦が突然動きを止める。
即死だった。勇也が優の方を振り向いて言う。
「危なかったな・・・まさかこんなに近くに来ていたなんて・・・少しでも気づくのが遅
かったら俺達、殺されていたかもな」
優はなにも言えなかった。ただ、じっと勇也の顔を見つめる事しか出来なかった。
突然、勇也と優の2メートルもない間に丸いものが飛んできた。
勇也は飛んできた方向を見た。ペンライト一つとぼんやりとした月明かりでは視界が悪
すぎて何も見えない。優は飛んできたものをわけもわからず拾い上げた。小さなブロック
がびっしりついたような表面、パイナップルを小さくしたような形。
「これ・・・どこかで見たことない・・っけ?」
と、勇也に聞いてみる。それを見た勇也の顔が青ざめる。
「しゅ・・手榴弾だ!バカ!早く捨て・・・」
勇也は急いでそれを捨てようとしたが、もう遅かった。二人の視界が真っ白になり、ドォ
ォォンという快音とともに、優と勇也の上半身が吹き飛んだ。
辺りにむき出しになった骨や内臓が飛び散る。優の顔は跡形もなく吹き飛び、焼け焦げた
勇也の顔も、もう、美貌がわからないほどにまで変わってしまっていた。もろくなってい
た納屋も爆発によって一部吹き飛んでいた。
「み・・みんな・・・ヤる気なんだ・・・ヤらなきゃ殺されるんだ・・・こ・・これで良
かったんだ。」
ブツブツとつぶやきながら田中渡(男子7番)は爆発のおさまった現場へと近づく。辺り
には血の匂いが立ち込めているはずだったが火薬の匂いがそれを消してくれていた。地獄
絵図をも想像する惨劇である。下半身だけになった二つの体。飛び散った肉片、骨、内臓。
そして、銃で打ち抜かれ、ナイフが目に刺さったままになっている少年の死体。
「う・・・うぐぅ・・・」
急に強烈な吐き気が襲った。匂いはしないとはいえ、十分に吐き気を催すような状況。渡はかろうじて嘔吐を抑えきった。ハァ、ハァ、と荒い呼吸のまま、渡
は爆発で納屋から少
し離れてしまったスナイパーライフルを拾い上げると(なにぶん大きいので見つけるのは
意外と容易だった)爆音を聞いてくる奴がいるのではないか、と思い、逃げるようにして
その場を去った。渡の荷物を抱えたその手は初めての人殺しのため
か、冷え込んでいるためか、小刻みに震えていた。しかしその目だけは少しも揺らぐ事のない決心・・・殺意
に燃えていた。そして、そんな自分が少しずつ狂い始めていることに、渡は気づくはずもなかった。


辻勇也(男子8番)
赤石優(女子1番)
松本敦(男子16番)
死亡【残り31人】

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